感じる探偵 エピソード1 レインコートを着た死体

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「適当に座ってくれ」  キッチンで本山さんは湯を沸かしていた。お茶でも淹れるつもりだろう。案外、常識はあるのかもしれない。  盆に茶碗を乗せて、それをテーブルに置いた。茶は香ばしい匂いを漂わせた。一口飲んで、意外に美味いと思った。 「このお茶、柳町さんが俺にくれたんだ。客が訪ねてきて、不味い茶を淹れたら、そのお客に失礼だと言ってね。俺は細かいなと思ったけど、そういう気遣いができるかどうかで、その人の人間力がわかるってもんだ」  人間力のある人間。柳町さんはそういう人物だ。私は生きている彼と会ったことはないが、会えないのが残念だ。もし、会えたなら何を聞くだろう。今つきあっていると思われる同級生がいますが、どうすれば結婚へ踏み切れるか?なんて俗なことを聞きだしそうだ。 「それで、俺に訊きたいことってなんだ?」  いつの間にか、本山さんは作務衣のような服を着ていた。 「本山さんは柳町さんが自然死したと思いますか?」 「正直、俺は柳町さんが自然死であってほしいと思ってる。柳町さんのように善い人が誰かに殺されるなんて、あっちゃならねえよ」 「私は殺されたと考えています。もちろん、根拠はあります。その根拠は後で説明します。その前に、柳町さんは誰かに恨みを買われていたことはありませんでしたか?些細なことでも構いません。最後に柳町さんとお会いになったのは、いつですか?」 「そうだなあ。亡くなる一週間前かなあ。柳町さんがけんちん汁と佃煮を持って来たんだ。俺は定期的に柳町さんからの賄いを食べていたんだ。もちろん無料でね。で、いつまでも柳町さんの料理を無料でいただいてばかりで俺も気が引けたわけよ。ここは一肌脱いで、金を払うよって言ったら、柳町さんは、私が勝手にやってることだから、金は受け取らないって言ってね」 「でも、なぜ、柳町さんは無償で料理を振る舞っていたんでしょうか?」 「聞いた話だ。他言無用だぜ。柳町さんのお父さん、定食屋の先代がね、昔、神戸で商売をしていたらしい。そんなときにあの震災が起きた。街は壊滅。物流も途絶えて、避難所には十分な食糧が届かなくなっちまった。そこで先代は仮設の店を作って、料理を無償で避難民に提供したんだ。だから、柳町さんが先代の遺志を継いで、俺らみたいな困窮者に料理を無償で提供したのさ」  ますます、柳町さんが殺されるなんてあり得ないと思ってしまう。 「お、その顔は柳町さんが殺されるなんて信じられないって顔つきだね」  ズバリ、図星なので、私は返答に窮した。 「なあ、片倉さんて言ったかな。仮に犯人がわかっても、もう証拠はないよな。だって、柳町さんの死体は火葬されちまったからね。さ、どうする?」 「犯人がたとえ、言い逃れができたとしても、犯人は自分自身には嘘をつけません。私は犯人を感じることができます。犯人の良心に訴えます」 「青臭いねえ。殺人をするような人間に良心なんてあるのかねえ?俺はムショ暮らしを経験してたからわかる。人を殺すような人間に良心なんて、ねえよ」  最後は吐き捨てるように言った。数々の修羅場を通ってきたからこそ、本山さんの言動は説得力がある。
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