感じる探偵 エピソード1 レインコートを着た死体

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 尊敬すべき父親の柳町和則は食堂を経営していた。時々、厨房に立ってフライパンを振っていた。得意料理はオムライスだった。  父親は食堂経営の傍ら、趣味で小説を書いていた。一度だけ、公募の小説で賞をとったものの、あとは鳴かず飛ばずだったらしい。  三年前に脳ドックで異常が見つかり、脳梗塞を発症してから、難しい手術に臨んだ。成功率は五十パーセント以下ではあったし、仮に成功しても半身に麻痺が残ると医師から告げられた。だが、父親は命を繋ぐ決断をした。それは偏に家族のためでもあった。  手術は無事成功。時々、右手に麻痺があったが、フライパンは左手で振れるし、筆記も左手でできたので、問題はなかった。  その父親が四日前に、近所の工事現場で、レインコートを着たまま、雨に打たれながら亡くなった。他殺でも自殺でもなく、不幸な自然死だった。  話を聞いた私は、柳町くんの傍らに座る。マッチが終わった直後ということもあって、彼はまだ肩で息をしていた。  私はタオルで汗を拭きながら、ベンチに肩をもたせかけた。 「私は市役所の福祉課で働いています。いわゆる生活困窮者の面倒を見ています。彼らには人知れず亡くなっていくものが多く、看取りがないんです。だから、その代わりに私たち福祉課が看取ることがあります。柳町くんのお父さんは柳町くんに看取ってもらえて幸せだったと思うよ」  柳町くんは思いつめた表情をしている。何かを考え込むように黙ったまま。いまどきの中学生はこんな塩対応なのだろうか?  柳町くんはベンチから突然、立ち上がった。何か失言してしまったのかと思い、私は表情には出さなかったが、焦った。  少年は日差しを背にして、真剣な表情で私を見た。 「片倉さん、僕の父親は自然死なんかじゃありません。誰かに殺されたんです」
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