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おちるところまでおちて
大学を卒業して就職した私は、当時の彼氏に借金があることを知らされた。
それから彼はことあるごとに私のお財布からお金を持っていくようになった。
自分の生活すらまともに出来なくなった私は副業を探した。
"新規オープンのバー女の子募集"のチラシを頼りに電話し、面接が決まった。
面接日当日、連れていかれたのはバーでも何でもない雑居ビルの一室。
事務所の様だったけど、奥には女の子が何人かいた。
こんな世界があるなんて知りもしなかった私は、体験入店をすることに。
"男の人とお部屋でお話するだけでいい"
不安な気持ちはあったけど、典型的なNOと言えない日本人だった私は断れなかった。
後から知ったけど、体験入店の時に接客した男の人はお店の関係者で、本入店したらどんどん要求される事が増えた。
流されるまま流されて、この日から私は風俗嬢になった。
辞めたかった。嫌だった。逃げ出したかった。
でも出来なかった。
辞めさせてくれるはずもないし、怖かった。住所も知られてる。
他の女の子と必要以上に仲良くなれば怒られる。と言うより怒鳴られた。
借金まみれの彼氏に副業の事を嘘偽りなく話すと、「うれしい」と言った。
「俺のためにそこまでしてくれるなんて、うれしい」と。
止めてほしかった。
そんな言葉が欲しかったんじゃない。
この日から彼のお金の要求はエスカレートした。
こんな男別れるべきだ。
このままじゃいけない。
目が覚めるまでに時間はかからなかった。
しかし
目が覚めた頃には、私のお腹には新しい小さな命が宿っていた。
すぐには会えなかった彼に電話で話すと
「俺の子かどうかなんて分からない」
第一声がこれだった。
風俗嬢なんだから信用出来ないと。
その後着信拒否された。
こんな事、親にも友達にも言えない。
どうしたらいいか分からない。
そのまま数日経って、お金に困った彼から連絡があった。
「別れたくないなら子どもおろして」
こんな最低な男、こっちから願い下げだ。
と言って縁を切れればまだ良かったのかもしれない。
でも、こんな状態になった私は他に頼る人もいない。
生んでも親にどう説明する?
大学進学で上京させてくれた親をがっかりさせたくなかった。
今の私の経済力では一人で子供を育てられる自信もない。
産婦人科に妊娠検査をしに行った時、私は"生まない"に○をつけた。
無かったことにしようとした。
一生償っても償いきれない。
借金まみれの彼氏は私が生まない選択をしたことで、また私に会いに来るようになった。
生まないのにもお金がかかる。当時の私にとっては高額だった。
悪阻もあって風俗で働くなんて無理に近かった。でも働かなきゃお金がなかった。
なんとか稼いで貯めた中絶費用を、借金まみれの彼氏はそれを分かって持っていった。
この男には、自分の立場をちゃんと分からせなきゃならない。
なんの正義感なのか、いや正義じゃない、ただ、この最低な男にちゃんと責任を取らせたかった。
だから中絶が終わるまでは別れなかった。
中絶の日当日、産婦人科に行く途中で私は彼と揉めた。
終始不機嫌な私に、"せっかく来てやってるのになんだよその態度は"と。
「今日の為に貯めたお金も持っていかれるし、そのせいで悪阻で日に日にしんどいのに働かなきゃならないし。」
「だったら今俺が赤ちゃん殺してやるよ。そしたらお金かからないじゃん」
殺気と言うものをはじめて感じた。
目が普通じゃなかった。
産婦人科までもう少し。走って逃げる私の腕を掴む彼。
私は彼の足に蹴りを入れた。必死だった。
彼の握りこぶしが私の頬にあたる。
彼が一瞬戸惑った隙に手を振りほどき産婦人科に駆け込んだ。
手術が終わって休んでいる私に看護師さんが
「パートナーの方がいらしてますけど、お連れしますか?」
恐怖でしかなかった。
さっきまで自分の中にあった命がなくなり、自分のしたことへの罪悪感と悲しみと彼への恐怖で涙が止まらなかった。
看護師さんに、彼には帰ってもらう様お願いした。
「もう二度と、私の前に現れないで」
やっと言えた。
あんなことがあったのに何食わぬ顔で現れた彼に言った最後の言葉。
でも、私の心には、深い深い傷が残ったままだった。
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