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つきまとうもの
借金まみれの男と別れても、夜の仕事は辞めなかった。
辞めれなかった。
辞めたいと言うのが怖かった。
それに、一人になりたくなかった。
普通に毎日昼職やって、夜の仕事も毎日の様にシフトを入れた。
と言うか、シフトを管理する従業員の"どうしても""どうにかならない?"という言葉を聞いているとほぼ毎日のシフトになってしまっていた。
唯一、元彼以外で私が妊娠して中絶したことを知っているのがこの従業員だった。
手術後1週間は風俗では働けないから、言う必要があった。
手術前日までシフトを入れる鬼畜野郎だけど、その手術前日、
"明日、頑張れよ"
と唯一励ましてくれたのもこの従業員。
この言葉に当時の私がどれだけ励まされたか。
この頃には、夜の仕事の従業員ともコミュニケーションが取れる様になった。
だから余計に、辞めたいと言い出せなかった。
借金まみれの男と別れて半年が経っても、私の心の傷は癒えなかった。
むしろ闇が深くなるばかり。
自分を責める毎日だった。
夜の仕事が終わって、明け方帰りに毎日散歩して帰った。駅を過ぎてちょっと歩いた所に広い広い、緑が沢山の公園があった。
清々しくて、心の闇を吹き飛ばしてくれる気がした。
私の秘密の場所。
昼職がない日はベンチに腰掛け、長い時間滞在したりした。
「お!今日もさんぽー?」
散歩生活を始めて、毎日顔を会わせる様になったのは駅の近くでキャッチをしているホスト。
顔を会わせて話しかけられて、ちょっと話してその場を去る。
向こうは連絡先を聞きたがるけど、教えたりはしなかった。
あっちが軽いから、こっちも軽くあしらう事が出来た。昔の私だったら、軽くあしらうなんて出来なかったのに。
この半年で、私は大分変わった。
なにかが吹っ切れた様だった。
そんなある日
夜の仕事でお客さんに連絡先を教えることは禁止されているのに、教えてしまった事があった。お店にばれたら罰金。
いつもならやんわり断るのに。
"魔が差した"とはこんなときに使うのだろう。
風俗に来るお客さんに対して嫌悪感しか無かった私には、連絡先を教えた所でプライベートで会うつもりなんて全く無かった。
はずだった。
でもそのお客さんは、お店に来なくなるわけでもなく、たまにお店に来ては、私にまっすぐに気持ちを伝えてきた。
「私風俗嬢だよ?」
「関係ない」
好きなわけではない。けど、嬉しかった。
「今日仕事何時に終わるの?家まで車で送るよ!」
お店に来た彼は私に言った。
その日は昼職が休みだったから、早い時間に出勤して、夜には帰る予定だった。
「じゃあ家の最寄り駅までお願い」
ばれたらどうなるか分からない。
でも、もう根気負け状態だった。
風俗嬢にこれ程しつこく言い寄ってくる男なんていなかったから。
「ありがと!じゃあバイバイ」
「待って」
最寄り駅に着いて車を降りようとする私を彼は引き留める。
想定内。けどこれ以上一緒にいる気はない。
「付き合おう。俺の彼女になってほしい」
お店で言われるのとはなんだか違う感じがした。
場所が違うだけなのに。
顔が見れない。
「やだよ」
それでもいつもの様に返す。
「今は好きじゃなくても、付き合ってみたら好きになるかもしれないじゃん!お試しでいいからさ!」
「そんな軽い気持ちで付き合えない」
「俺は軽い気持ちじゃない。だから好きになって貰えるように努力する」
そんな言い合いが暫く続いてお互い無言になる。
もうこれ以上言葉が見つからなかった。
なんと言えば納得してくれるのかわからなかった。
沈黙の後
「じゃぁ、俺のこと嫌い?」
「嫌いではないけど、、」
好きではない が言えなかった。
「じゃぁ決まり!今日から俺の彼女ね!」
半ば強引に、私は彼の彼女になった。
付き合いはじめても風俗嬢を辞めてほしいと言うわけでもなく、お店に来る頻度は更に減りはしたものの、全く来なくなった訳でもなかった。
付き合ってはじめて一緒にご飯に行った土曜日のこと。
帰り際、
「今からうちに来る?明日仕事休みでしょ?」
日曜日は昼職はないし、翌日は夜の仕事もない日だった。
付き合った今は断る理由もない。
「ねぇちゃんが車で迎えに来るってさ!」
状況が理解できない。なんで今ここにお姉さんが迎えに来るの?
「大丈夫!ねぇちゃん女の子には優しいから!仲良くなれるよ!会いたがってたし!」
そう言うことじゃない。
「なんでお姉さんが迎えに来るの?実家暮らしだっけ?」
「実家じゃないけど、ねぇちゃん夫婦と住んでる!俺が住んでた所にねぇちゃん夫婦が居候してるみたいなもん!」
そんなことってあるの??
まだまだ理解が追い付かない私の気も知らずに一台の車が私達の前に止まった。
助手席の女の人が窓を開けて手をふる。
「優莉ちゃーん!!!」
初対面とは思えない人懐っこいお姉さん。
運転席にはその旦那さん。
この日から、毎週土曜に彼の家に行き、晩御飯をみんなで食べて、日曜日をまったり過ごし、買い物に行き、みんなで晩御飯を作って食べる。という不思議な生活が始まった。
私を家族の様に接してくれるお姉さんと過ごす時間は嫌ではなかった。
楽しかった。
そんな生活が1ヶ月程続いたある日
「優莉ちゃんにお願いがあるんだけど」
彼のお姉さんはちょっと言いにくそうに"お願い"の内容を話始めた。
「旦那がパチンコで給料使っちゃって、もう生活費がないの。一万円貸してもらえない?給料入ったらすぐ返すから!」
彼氏のお姉さんという立場の人から言われて断れる人がどれだけいるだろうか。
結局私にはお金問題がつきまとうのか。
毎週末の私の晩御飯の費用もあるしと思い一万円を渡した。
彼には内緒にしてて欲しいというお姉さんのお願いも聞いた。
その翌月も同じ"お願い"をされた。
貸したお金は返ってきていない。
それでも断れなかった。
でも、彼の家に行く頻度は減った。私の分の食費がかかるのも悪いし。
でもその翌月もまた同じ"お願い"をされた。
「今度こそちゃんと返すから」
もう信用なんてない。
「前回も同じことを言われました。もうこれ以上、お貸しすることは出来ません。お力になれずすみません。」
成長したな私。
もう彼の家に行くこともなくなった。
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