府に落ちた想い

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府に落ちた想い

お手洗いから戻ると、隼人のお酒はあとひと口の所まで減っていた。 私もペースを上げて飲む。 隼人は私を急かすこともなく、会話を楽しみながら私が飲み終わるのを待ってくれている。 ""はやくのめし""涼雅君だったらきっとこう言う。 涼雅君といるときはいつも""はやく""と言われている。 急かされることが大嫌いな私。 待たせるのは悪いと思ってる。だから自分なりに急いでいるつもり。だからこそ、急かされるのは嫌だ。 私がお酒を飲み干したのを見とどけると 「じゃぁ行こっか」 お店の出口に向かって歩き出す隼人。 「え?待ってお会計!」 危ない危ない。 あまりにも自然すぎて流されてそのまま出ちゃう所だった。 「終わってる!」 「え?」 え? なにそれなにそれ。 さっき私がお手洗いに行ってる間に済ませたってこと? なんでそんなカッコいいことをあっさりとやってのけるかな。 だめだよ。 そーゆーことは、好きな人にしかしちゃだめ。 もっと好きになっちゃうから。 心の何処かで期待しちゃうから。 「ごめん、いくらだった?」 お店を出てからお財布片手に聞いたけど 「いいの!」 「だめだよ!前もその前も出してもらってるのに。」 「いいの!」 「じゃぁ半分こ!」 「だめ。八万円。」 にんまり笑う隼人。 「八万円!?そんなに?笑」 「結構のんだからな。八万円じゃなきゃ受け取らない。」 「ゼロいっこ減らして!笑」 「だめ。八万円。そんなちっちゃな財布に八万円も入ってねーだろ 笑」 結局また隼人のおごり。 お会計金額にゼロを1、2こ増やして、絶対無理な金額言ってくるのは隼人の常套手段。 半額も受け取らない。 カッコつけな隼人。 あんまり言うのも、隼人の面子もあるし。 隼人がいいと言うのなら、そんな隼人の顔を立てるのも大事。 そう思っていると毎回このパターン。 さすがに悪い。 ""俺基本的に誰かと飯いったりしたら俺が全部出したいの。そーすれば偉そうにしてられんじゃん。"" 7年ぶりに再会したあの日、隼人が言っていた言葉を思い出す。 すごいなぁ。 真夏の灼熱の太陽の下、真冬の極寒の中、雨に打たれ、雪が降っても、毎日そんな中汗水流して働いたお金。 それを人のために惜しげもなく使えるなんて。 こんな人妻にでも。 おじいちゃんを思い出す。 私のおじいちゃんも、人のために惜しげもなくお金を使う人だった。 お酒を飲むのが好きで、よく自宅に友達を招いたり、飲みにいって皆にご馳走したりしていたとおばあちゃんに聞いたことがある。 私が小さい頃、よくおじいちゃんの家に沢山の人が集まっていた記憶がある。 多分似てるんだ。 隼人のお金の使い方というか、考え方が、私の最も尊敬しているおじいちゃんに。 大好きだったおじいちゃんに。 人を好きになるのにちゃんとした理由なんてないと思ってた。 気がついたら好きになってる。 そんなもん。 でもずっとずっと隼人だけは忘れられなかった。 それはもしかしたら、隼人の中に大好きだったおじいちゃんに似た何かを、無意識のうちに感じていたからなのかもしれない。 無条件に優しい所 誰にたいしても同じように接する所 カッコつけで見栄っ張りな所 人の気持ちの察しがいい所 急かすことなく待てる所 友達が多くて、友達を大事にしている所 芯がしっかりしている所 学歴はないけど、頭の回転がはやい所 今時最終学歴中卒の人ってなかなか聞かないよ? おじいちゃんも中卒だった。 すごいと思う。 中卒で働くなんて。 隼人もおじいちゃんも、16歳になる前から社会に出て、きっと沢山辛い経験もあっただろう。 生半端な気持ちではそんな選択できない。 考えれば考える程、隼人はおじいちゃんと通じる点が多い。 隼人に引かれる自分が府に落ちた気がした。
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