弄ぶ右手

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弄ぶ右手

隼人は目的地が決まっているかの様にスタスタと歩く。 「ねぇねぇ、髪が長い子と短い子だったら、どっちが好き?」 分かっているつもりだけど、ちゃんと聞いたことはなかった。 「長い方!」 即答。 やっぱりそーだよね。 「じゃぁ、前髪は?」 「どっちでも。似合ってればいい。」 前髪は短い方が好きって言われたら、切るつもりだった。 ""じゃぁ、私は?どっちが似合うと思う?"" こう聞いてみたかった。 でも聞けなかった。 隼人の頭の中はホテルに行く事でいっぱい。そんな風に見えたから。 本当はもっともっと聞きたいことあったのに。 前回の隼人なら... ""前髪は長い方が好きかな!"" きっと私を見てにんまり笑いながらこう言っただろう。 ""待って、それ私の事見て言ったでしょ 笑"" こんな会話を想像してたのに。 今の隼人には、会話を楽しむ気はない。 居酒屋さんを出て、まっすぐにたどり着いたのはタクシー乗り場。 「タクシーに乗るの?」 「うん」 ホテルなら徒歩圏内にあるだろうに。 そもそも、ホテルじゃなくカラオケならOKしたはず。 カラオケなら目の前にある。 なにも言えない。 今の隼人は、私の知ってるいつもの隼人ではない。 ヤッたらきっとすぐにバイバイ。 もっと話したいのに。 もっと一緒にいたいのに。 そんな私の気も知らず、すぐにタクシーは来た。 「◯◯までお願いします。」 乗るなり隼人が告げた行き先は、おそらくホテルの名前。 隼人の行きつけのホテルなのかな? 行ったことなきゃ、わざわざタクシーで行かないよね。 てか、タクシーで目的地ラブホって... 色んな思いが私のなかで渦巻く。 もう腹くくったんだから、自分にそう言い聞かせても、心のモヤモヤは消えてはくれない。 「こっちおいで」 二人で乗ると広すぎる座席。 隼人は自分の方に私を引き寄せた。 隼人の腕の中にすっぽりおさまった私。 前回一緒にタクシーに乗った時も、こんな感じで私を甘えさせてくれたなぁ。 幸せなはずなのに 嬉しいはずなのに 心からそう思えない。 なんでだろう。 罪悪感? またセフレになっちゃう悲しさ? 隼人に肩を抱かれたまま無言なわけでもなく、なんとなく会話をする。 その会話の中で隼人が言った。 「俺らだってフレンドじゃん 笑」 フレンド... セックスフレンドってことだよね。 やっぱり隼人は私をセフレとしか思ってない。 「ちがう。」 「ちがうの?笑」 「ちがう。やだ。」 「ボーイフレンドがいいの?笑」 「うん。」 会話が途切れた。 私はヤりたいだけなんかじゃない。 誰でもいいわけじゃない。 隼人だから。隼人じゃなきゃだめなの。 隼人しかいないからじゃない。 隼人だから会ってるの。 モヤモヤしないで今の幸せを噛み締めたいのに、ホテルが近づけば近づくほど、モヤモヤは増す。 そんな私の気持ちも知らずに、隼人の右手が私の左胸に触れた。 まだタクシー。 これからホテルに行くのに。 隼人はもう我慢の限界なのかもしれない。 戸惑う私は抵抗もできないでいると、首もとから隼人の右手が直に入ってきた。 隼人の右手に包まれた私の左胸は、私の心とは裏腹に興奮状態。 興奮している所を弄ぶようにまさぐられ、唇を噛み締めて平常を装う。 ここはタクシー。 変な声を出すわけにはいかない。 ましてや昼間。 きっとミラー越しに運転手さんから見えてる。 顔を伏せながら唇を噛み締めていると、さっと隼人の右手が私の首もとから抜かれ、そのまま私の顎にあてられた。 隼人の右手のしようとしていることはすぐにわかった。 必死に首をふり拒否する。 だめ。絶対だめ。 見えてるんだから。 「なんで?」 キスを拒まれた隼人はちょっと怒り気味で聞いてくる。 「だめ。」 私が小声でそれだけ言うと、隼人の右手はまた首もとから直に私の左胸を弄びだした。 「こちらでよろしいですか?」 タクシーはラブホテルの入り口の前で止まった。 運転手さんの言葉で隼人の右手から解放された私は、隼人から離れる。 きっと気づいてたよね、運転手さん。 気まずかったよね。 本当に申し訳ない。 隼人は私のお財布を開かせる間もなく、当たり前の様にタクシー代を支払う。 タクシーを降りた私達は、ラブホへと入っていった。
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