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嫁がやって来た
上月 力30歳。彼女いない歴=年齢の俺のところに突然お嫁さまがやって来た。
*****
今日は久しぶりの休日で、ロクに趣味もない俺は家で惰眠を貪っていた。
さすがにそろそろご飯でも食うか、ともそもそとベッドから抜け出たところでチャイムが鳴った。
どうせセールスか荷物かなんかだろうとすっかり油断した格好のままドアを開けると、高校生くらいの可愛い子が立っていて一瞬呆けてしまった。
俺より20㎝ほど背の低い小柄の子が頬をバラ色に染めて俺の事を見上げていたのだ。傍には大きなスーツケースがひとつ。
その子と目が合いへにゃりと微笑まれ胸がドキリと跳ねた。
「――えーと?」
起き抜けで頭が働かず、気の利いた言葉のひとつも出て来やしない。
見ず知らずの若い子が大荷物を持ってうちに来る理由が分からないとしても、このまま立往生という訳にはいかない。何か言わないと――。
と、口を開きかけたところで目の前の子が叫んだ。
「あの……っ。不束者ですが、末永くよろしくお願いします!!」
すでに真っ赤だった顔を更に真っ赤にさせて勢いよく頭を下げる。
一体何の事だ……? これじゃあまるで……アレみたいじゃないか。
まるで嫁ぐ時に言う花嫁のセリフだ。
目の前で起こっている事なのに理解できなくて、呆然と立ち尽くしてしまう。
「――旦那さま? 入ってもいいですか?」
「――へ?」
いやいやいや、何の冗談だよ!?
「旦那様って!? さっきの挨拶といいまるでキミが俺の嫁になるみたいじゃないか!?」
「はい? 僕は旦那さまである力さんのお嫁さんなんですから、みたいじゃないですよ? あれ……? お義母さまからお聞きになっていませんか?」
!?
「ちょ、ちょっと待ってて……っ!」
俺は自称俺の嫁を玄関に待たせたまま寝室へと走った。
慌てすぎて途中転びそうになるが何とか踏みとどまる。
ベッドサイドに置きっぱなしだったスマホを見ると、母からの着信が何十件もあり焦った。
掛け直すとすぐに通話は繋がったが、母親のキャンキャンと喚き散らす声にうんざりとする。
『もう! やっと通じた! 朱音君そっち行ったでしょう? 30男に嫁いでくれるっていうぴちぴちの18歳よ。気立てもいいし言う事なしなんだから、逃げられないように大切にしなさいよ?』
「ちょっと待ってよ! 何でいきなり嫁なんだよ。あの子そんなに若くて納得してるのか? あんなに……か……かわ、いいんだからこんなおじさんのとこに来なくても――」
『――私もそう言ったわよ。いくらおじいちゃんたちの約束だからって無理しなくていいのよって何度も言ったのよ? でも朱音君があなたがいいって言うんだからしょうがないじゃない』
「じいさんたちの約束?」
『あなたも知ってるでしょう? おじいちゃんたちが親友で子ども同士を結婚させようって約束してたって。でも、タイミング悪くて私たち別の人と結婚したじゃない? だから孫にって話になって、でもあなたとあちらのお子さん、つまりは朱音君との年齢差が12歳だからこの話はひ孫の代にって事になったから私たちも忘れてたんだけど……、あなたが30歳にもなるのに浮いた話のひとつもないっていうのが悪いのよ。おじいちゃんたちも自分たちが生きているうちに約束が果たせないかもって最近しょんぼりしてたからこの話にすっかりその気だし、母さんだって朱音君なら大歓迎。だから、あなたは朱音君の事を大事にして逃げられないようにしなさいよ? あ、それとそこから高校に通うから学業第一であまり面倒かけるんじゃないわよ? 桂山高校だからそこから歩いていけるし環境が変わっても朱音君しっかりしてるからそんなに心配はしてないんだけど――――』
いつもの長いながい母親の説教に半分右から左に流していたが、ある言葉にひっかかりを覚えた。
「――――桂山……?」
『そうよ? 有名校だし知ってるでしょう? 朱音君頭いいのよー。じゃあ、よろしくね。くれぐれも卒業までは手を出さないように』
言いたい事だけ言ってぷつりと通話は切られた。
ちょっと待ってくれ……?
桂山は偏差値が高い事で有名だが――顔面偏差値の高い男子校としても有名だった。
――――って男???
バタバタと音を立て玄関に戻ると、朱音君はその場を動かずに待っていた。
短くはない時間待たせてしまったのに文句のひとつもなく、俺の顔を見てふわりと笑った。
その笑顔の破壊力に思わず天を仰いだ。
これで? 本当に男の子――?
「キミ――男の……子?」
「はい! 白水 朱音18歳です。僕力さんのお嫁さんとして頑張りますので、改めてよろしくお願いします!」
「――――よろ……しく」
あまりにも混乱しすぎて、俺はそう答える事しかできなかった。
こうして理解も納得もできないままひと回りも下の男子高校生が俺の嫁? となった――。
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