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すれ違う想い
あれからどこかぎこちない。
俺だけでなく朱音君もいつもと様子が違っていた。と言っても俺が傍にいる時は今まで通りなのだが俺が席を外して戻ってくると、どこか上の空でぼんやりしている事が多くなったのだ。
頬をバラ色に染め、恋する乙女のような顔。
そして俺に気づくと普段通りの表情になるのだ。
そんな姿を見せられたら……俺はどうしたらいい?
本当は答えなんて分かってる。
俺に恋人ができたらいいのだ。
何も本物である必要はない。
適当な相手に恋人のフリをしてもらって、あとは朱理ちゃんが大きくなって朱理ちゃんに好きな人ができたら俺の方は別れたとでも言えばいい。
じいさんたちも流石に想い合っている相手と別れさせてまで俺と結婚しろとは言わないだろう。
そうしたら朱音君だって無理に俺の嫁になる必要もなくなる。
約束の3か月まで残りあと1か月とちょっと。
いつしか一緒にいられる事が自然な事になっていた。
キミといる時間はとても心地よくて、大切な時間だった。
キミの作るごはんは、どんな高級料理店にも負けないくらいとても美味しくて優しい味がした。
キミの誰も気づかないようなちょっとした気遣いが嬉しかった。
キミとずっと一緒にいられたら、なんて――――。
俺は大人で純粋なキミよりずるいから、だから約束の3か月が過ぎてもキミの事を手放してあげられなかったかもしれない。
だけど、俺はキミに対して悪い大人にはなりたくないんだ。
キミの本当の気持ちを知ってしまったから、だから俺はこのままでいる事をよしとしてはいけない。
その代わり、最後にキミとの思い出を作りたい。
「なぁ、朱音君、キミさえよかったら今度の日曜日、一緒に出かけないか?」
「え?」
「朱音君の都合がよければ、でいいんだけど映画でもどうだろうか?」
「――は、はい! 行きたい、です! 映画大好きです!」
キラキラの瞳に輝く笑顔。
良かった。喜んでくれているようだ。
俺はデートのつもりだけど、朱音君は単に映画に行ける事が嬉しいんだろう。
それでもいい。
この思い出だけで俺は大丈夫だから。
だから朱音君が楽しめるよう、デートなんかした事ない俺だけど頑張ってエスコートしよう。
「何観ます?」
楽し気にはしゃぐキミの頭を思わず撫でてしまった。
びくっとして固まるキミ。
「――すまない」
「い……え」
流れる沈黙に気まずそうに伏せられる瞳。
ズキズキと痛む心。もう気のせいだなんて誤魔化しようもなかった。
俺はキミの事が――好きだ。
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