デート

1/1
前へ
/9ページ
次へ

デート

 あの後何とか気まずさを誤魔化すように、柄にもなくくだらないダジャレなんかを言ったりして努めて明るく振舞った。  そのおかげか朱音君も楽しそうに過ごしていた。  気まずくただ日々を消費する事にならなくてよかった。  デート当日。  朝早く起きて、今日は俺が朝食を作る事にした。作ったと言っても食パンをトースターで焼き、簡単なサラダとゆで卵だけだ。毎朝朱音君が用意してくれた物とは比べ物にならない。  そんな料理とも言えないような朝食。食パンは少し焦げてしまっている。  朱音君はそんな事なんか少しも気にする事なく、食パンにバターと苺ジャムをたっぷり塗るとぱくぱくと本当に美味しそうに食べ始めた。  その姿を見ているだけで俺は幸せだった。  朝食を済ませると、気合が入っていると思われない程度小ぎれいな恰好で出かけた。何といっても初デートだ。いつものだらしない恰好で朱音君に恥ずかしい思いはさせたくない。  映画は午後からのものにして、時間までウインドウショッピングを楽しむ予定だ。  朱音君は終始笑顔で、ちょっとした事でもコロコロと笑った。  こんな楽しくて幸せな時間がずっと続けばいいのに――。  休憩にと入った喫茶店で朱音君と色々な話をした。  どれも他愛もない話だった。だけどどれも大切なキミの話。  キミの学校での姿を想像して目を細める。  予定していた上映時間が迫り、映画館へと場所を移した。  映画は二人で話し合って動物ものにした。  へたに恋愛映画にしてまた気まずくなってしまっても困るし、アクションやホラーはデートには不向きな気がしたからだ。  上映中朱音君はスクリーンの中で動く動物たちに一喜一憂していた。  俺はというとスクリーンなんか見ずに朱音君の事を見ていた。  これが最後だから映画なんて見ている場合ではないのだ。  少しでもキミの姿を覚えていたいから。  ざわざわと席を立つ気配を感じ、映画が終わってしまったのだと分かった。  いつもなら長く感じる2時間が今日は短く、物足りなく感じた。  ――さて、こちらもこれで終わり、だ。  約2か月。長いようで短かった。 「旦那さま、すごくおもしろかったです! また一緒に来ましょうね」  はしゃぐキミの姿に決心が揺らぎそうになる。  ――だけど。  俺はそれには答える事はなく、ただ力なく笑っただけだった。  聡いキミは何かに気づいたのか、不安そうに瞳を揺らして俺の事を見ていた。  すまない。大丈夫だから。すぐにキミが心から笑えるようにするから。  映画館を出ると目的の人物を見つけた。  手をあげるとその人物はヒールをカツカツと鳴らしながら近寄って来た。 「力さん、ご紹介いただけるかしら?」 「ああ、こちらじいさんの友人の孫の白水 朱音君。ちょっとの間預かってて今日は気晴らしに映画に連れて来たんだ」 「――――ぇ……」  小さく聞こえたキミの声。 「あら、そうなのね。私は真矢 優香(まや ゆうか)よ。力さんとは結婚の約束をしているの」  真矢は長い髪を耳にかけ、朱音君に合わせて少しだけ屈みにっこりと微笑んで見せた。 「結婚――――。でも……旦那さま……は――恋人はいないはずでは……?」 「あーなんか照れくさくて親には言ってなかったけど、真矢とはもう2年になるか? そろそろ結婚も視野に入れてたとこなんだ」  俺は自分でも呆れるくらい饒舌に真矢とのありもしないラブラブ話を喋り続けた。  次第に朱音君は表情を曇らせ、最後には今にも泣き出さんばかりだった。 「だって……僕……僕は……」 「朱音君。そんなわけだからキミも年寄りの我儘に付き合う必要なんてないんだよ。キミはキミの好きな相手と――――」 「そ……んなの……っ! 力さんの……バカ――――っ!!」  朱音君は震える声でそう叫ぶと、そのまま走り去ってしまった。  まさかこうなるとは思っていなかった。  俺から解放される事に安心して、俺に恋人がいる事を喜んでくれると思っていた。  だってキミはあのイケメン君の事が好きなんだろう?  走り去った朱音君の後ろ姿を呆然と見つめる。 「――上月君、あの子大丈夫? 追いかけた方がいいんじゃない?」 「――――」 「あなたから聞いていた話とは違うように私には見えたんだけど……? あの子あなたの事本当に好きなんじゃない? あなたが言ってた事って全てあなたの想像でしょう? 協力しておいてなんだけどこんなやり方ダメだわ。きちんと腹割って話しなさいよ。あなたはいつもそうよ。何でも自己完結したがる。その癖を直せていたら今頃は――まぁその話はいいわ」  いつまでも動き出さない俺の背中を真矢はバンと音がするほど強く叩いた。一瞬だけ息が詰まる。 「30歳にもなって何怖がってるの! さっさと追いかけて自分をさらけ出してあの子の本当の気持ちを訊きなさい!」  俺は真矢の言葉を最後まで聞く事なく朱音君の後を追って走り出していた。  だから残された真矢の呟きは俺の耳に届く事はなかった。 「仕事はできるくせに本当に鈍いんだから――」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

213人が本棚に入れています
本棚に追加