Spice of Space

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 背の丸まった老婆がひとり、雲一つない青空を見上げていた。  すがりつくように、古ぼけた小さなウサギのぬいぐるみを胸に抱いて。 「こんなに胸がドキドキするなんて何十年ぶりだろう」  しわがれた独り言は、周囲のカメラ達が発する雑音に呑み込まれていく。  シワだらけの顔に、幼い孫がそっと顔を寄せた。 「おばあちゃんもドキドキするんだ」 「そうさ。意外かい」 「うん。なににも動揺しないんだと思っていた」 「そりゃね。なにせ八十年ぶりの再会だからさ」  ふたりの会話をBGMに、カメラは空を映し出す。  真っ青な空。まるで抜けそうな──というのは本来、透き通った美しい青空を表す形容詞なのだが、この時この瞬間だけはた。 「あっ」  娘のひとりが叫んで空を指した。瞬時に全員の目がその先に集まる。  目の覚めそうな青空。その一部を割り砕くように、きらきら光る『なにか』がそこに出現していた。けし粒のように小さくて、けれどじわじわと大きさを増していく。 「まるで」  乾いた唇がぽつりと漏らした。 「空に穴があいたみたい……」 「おばあちゃん!」  興奮した様子で孫が抱きついてくる。老婆は大きく頷いた。 「ああ。来たね」  ささやきを合図にワッ、と歓声があがる。 「船だ」 「帰ってきたぞ!」  宇宙船だ。徐々に近づいてくる、鉛色の機体。どてっ腹には下手くそなウサギが落書きされている。  その赤い瞳が見えた瞬間、老婆はよろよろと駆け出した。 「パパ!」 「危ないから下がって!」  警備員がよろめく老体を抱きとめる。それでも彼女は怯まず、宇宙船めがけて大きく手を伸ばし叫んだ。 「パパッ!」  煙を吐きながら船が降り立つ。ぷしゅん、と軽い蒸気音と共にのろのろと扉が開き、そして 「やあ、いい天気だな。やっぱり地球はこうでなくちゃ」  殺到したカメラの群れが、中から現れた男を映し出す。  精悍ながらあどけなさも残るその姿はどう見ても、二十か三十そこそこの若者だった。 「パ、パ……」 「ん?」  力なくへたり込んだ老婆に気がついて、男はけげんそうに首を傾げた。記憶をたぐるような目つきになる。  そしてハッとした様子で目を見開いた。 「もしかして、ソラか」 「パパ……」 「ソラなんだな?」 「うん」  頷く老婆。男は一目散に彼女のもとへ駆け寄ると、小さな背中をがっしりと抱きしめた。 「ただいま」 「おかえりなさい」 「すまん。随分待たせた」 「ううん」  拍手がわき起こり歓声が大きくなる。涙ぐむ人までいた。感動の再会。大写しになったふたりの姿は、世界中に報道されることだろう。  ──このあと、私は思い知ることになる。  感動の再会は、そこで「完」がつくから美しいままでいられるのだ、と。
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