Spice of Space

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「あ、いたいた。ソラばあちゃん」  底抜けに明るい声がソラの口をふさいだ。  ツムジだ。親しげに手をひらひらさせながら駆け寄ってくる。そしてハネに向き直りにこやかな笑みを浮かべた。 「やあ大じいちゃん、改めまして初めまして。さっきはドンマイ。いや、ずっと宇宙にいたんだからさ、あれくらいの勘違い普通だって。大丈夫、みんなちゃんと知っているよ」  みんな一斉に突っ伏したのには笑ったけど。そう言ってクツクツと肩を震わせる。 「スピーチの内容はめちゃくちゃよかったです。だからソラばあちゃんも気にすることないよ。あ、俺はツムジです。ソラばあちゃんの遠い親戚で……」  握手を求めて手を伸ばす。  が、ハネは警戒に満ちた表情を浮かべて彼の手を振り払った。からんできたガラの悪い他人を見るような目つきだった。 「そうだな。控えめに観客の鼓膜を破りかけて、少しばかり冷たい視線を浴びただけだ。が」  疑いと攻撃の目。確かにツムジは言葉遣いも服装も乱暴で、何も知らない人間からは軽薄な若造に見えるかもしれない。 「君にそんな風に指摘される筋合いはない」 (だけど、違う)  幼い頃から側にいたソラは知っている。ツムジは優しく思いやりのある、大事な家族のひとりだ。  今の言葉だって、決してハネを侮辱しようと思ったわけではなく、純粋に励まそうと思っただけだ。ソラにはそれが分かる。  ──なのに、当のハネ本人には伝わらない。 「大体君はなんだ。何様だ? 初対面の相手にそんな無礼な態度をとれる身分なのか」 「パパ!」  口を開こうとするツムジを制して、ソラは二人の間に入った。 「パパ、違うの。ツムジは……この子はね」 「口を出すなソラ」 「そうじゃ、なくて……パパを、純粋に想って」  言葉に詰まる。父とツムジの顔を交互に見つめる。  なんと言えばいい。どう説明すれば、この誤解を解くことができる。ツムジが大事な『家族』の一員だと分かってもらえる。  袖をつかもうとした手がだらりと下がった。 「あ……」  無理だ。唐突に悟った。  家族、身内の絆は、長い年月を経て強固になっていくもの。どんなに言葉を尽くして説明したところで、今自分が抱いている信頼や情を父が理解できるわけがないのだ。 (だって、私達は)  八十年も隔たっているのだから。 「……もう、いい」  帰る。短く言い捨てて踵を返した。 「ソラ?」 「ソラばあちゃん?」  犬猿のはずの二人が声をそろえる。 「よくないだろう。最後まで話せよ」 「ごめんばあちゃん、俺が口を挟んだせいだ。俺もう行くから、ばあちゃんは大じいちゃんと」  手を伸ばしてくる。互いの甲がぶつかり合い、ピリリと空気が張りつめる。どちらも相手が目に入っていない証拠だ。 「放っておいて!」  叫ぶとソラは双方の手を振り払った。  勢いよく腕を振り回した反動でぐらりと身体の重心が揺らぐ。よろめいた拍子に、抱いていたウサギの人形が腕から滑り落ちた。 「あっ」  すぐ手を伸ばしたが既に遅く。古ぼけた小さな塊は指をすり抜け、床に落ちて弾み、勢いよく階下へと投げ出された。 「ダメ……ライカ!」 「危ないソラばあちゃん!」  思わず乗り出した身をツムジが抱きとめる。唯一自由になる片腕を力いっぱい伸ばしたが、それでもウサギには届かない。 「嫌!」  その時だった。  膝を折りくずおれたソラの頬をかすめて、何か大きなものが階段へと身を躍らせた。 「えっ」  目を疑う。 「大丈夫だ、パパに任せておけ!」  受け身もとらず、ちゅうちょも一切せず、むしろ両手を大きく前に伸ばして落ちていくは、紛れもない父ハネの姿だった。 「嘘」  ウサギを追って、父親は頭から落ちていく。血相を変えてツムジも身を乗り出したが、とても支えきれる体勢ではない。 「やめて! パパ!」  間に合わない。歯の間から悲鳴が漏れ出る。思わず目を覆った。 「もう私の前からいなくならないで!」
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