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式の後。満月の夜。
すっかり目を腫らした私を連れて父が向かったのは、しめやかな式の後には似つかわしくない華やかな玩具店だった。
色とりどりのおもちゃが天井から吊り下がっていた。電動おもちゃが走り回り、楽器をかき鳴らしていた。実際は騒々しいくらいだったはずだが、不思議と父の声以外を聴いた記憶がない。
「ほらソラ、見てごらん」
棚から真っ白なウサギを抱きあげて父が微笑む。ぎこちない笑い方だった。引きつった口元が、本当は別の表情を浮かべたいと言っていた。
「こいつはええ、ライカ。そうライカだ。初めて宇宙に行った動物と同じ名前さ。この子を連れて帰ろう。今夜から一緒に寝てくれる。だから寂しくない」
「ママの代わりに?」
「そう。ああいや、ママと一緒にだ」
一緒ならまあ、いいか。ウサギを抱きながら、そんなことを思った覚えがある。
店を出た後、父と手をつないで夜道を家に向かって歩いた。
ふたりとも何も言わず、私は母が横たわる黒い箱をずっと思い浮かべていた。
「あっ」
不意に左側がパッ、と明るくなって、私はそちらを振り返った。
緑色に燃える星が長い尾を引いて、空の彼方に消えていくところだった。
「きれい」
「アラクラン彗星だ」
幼い私でもニュースで何度か耳にしていた。遥か遠い別の銀河から、地球のすぐ隣をかすめまた彼方へと去っていく星。その体には、地球には存在しない未知の化学物質が秘められている可能性がある、と専門家らが色めきたっていた。
そうたとえば、
「ねえパパ」
「うん」
「あのお星さまの中には、ママと同じ病気を治す薬があるって、本当?」
不治の病の治療薬とか。
「…………」
「パパ」
忘れるわけがない。棒立ちした父の袖を引いて、無邪気にも私は言った。
「あれ、とってきて」
「……ああ。パパに任せておけ」
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