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「ソラ」
「えっ」
くすんだ白ウサギを目前に突き出されて、ソラはハッと我に返った。
「……パパ」
ハネだった。
額に大きな青あざを作り、空いた左手でしきりに腰をさすってはいたが、それでも誇らしげにライカを手にしている。
「私がライカをもらったのは、もう八十年も前よ」
「知っている」
「私、もう大人なんだから。嵐の夜だってひとりで眠れるし、夜中に起きても泣いたりしない」
「知っている」
「それに、ずっとしまい込んでいたの。だから姿が見えなくったって、いなくなったってもう」
「それでも」
胸にライカを押しつけられる。
「ずっと大事に持っていてくれたんだろう」
自分を見下ろす青年は、不思議と、あの頃と同じくらい大きくて頼もしく見えた。
「……ありがとう」
「私、ずっとピリピリしていた」
あの時と同じような満月が浮かぶ夜。ふたりは並んで家路を歩いてゆく。
「パパの凄いところや、優しいところ。ちゃんと皆に知ってほしいって」
怖かった。自分の育んだ八十年が、自分を育んだ人間を拒絶してしまうのではないかと。
「ソラさえ知ってくれていたら十分さ」
「そういうわけにいかないでしょう」
「いいんだったら」
照れくさそうに鼻をかいた後で、ハネはおずおずと切り出した。
「あのさ」
「うん?」
「手、つないでいいか」
「ええ」
「よかった」
笑顔で手を伸ばしかけて、ハネが不意に顔をこわばらせる。
「あ」
「なに?」
「まさかと思うがソラ。手のつなぎ方は、この八十年で変わったり、していない……よな?」
「ああ」
そういえば、と手を打つ老女。
「そう! これが今までで一番変わったんだった。古いやり方でつなぐと相手に失礼になっちゃうから、絶対にダメだからね」
「マジか!」
絶望的な表情で青年は天を仰ぐ。
「今さら新しいやり方なんて覚えられるかな……まあいい。早く教えてくれよ、どうやればいい」
所在なげに手を揺らす父。
娘は思わず吹き出すと、その腕に飛びついた。あの時彼がしてくれたように、決してはぐれないように指を絡める。
「冗談よ」
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