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後日、警察に事情を聴かれた中で、青年の突然の異変は卵アレルギーによるアナフィラキシーだと知った。カルボナーラを作った時、卵白を一緒に使ってしまったのが原因ということだった。青年は卵料理を食べたことがなかったので「カルボナーラ」を知らなかったらしい。
「あの人、大丈夫でしたか?」
「ええ、あのあと救急車で運ばれて、今は回復して取り調べを受けています」
あの青年は母親と離れて拘置所にいた。ひとりの自立した人間として生きていくなら、彼だって母親とべったりの状況から抜け出した方がいいに決まっている。でも理想郷は人それぞれだ。彼は刑務所に行くにしても執行猶予になるにしても、最後には窮屈で愛に溢れて窒息しそうな世界に戻って行くのだろう。
私は帰らないと決めた。失ったかもしれなかった人生に、なにか価値を見いだせたらと思ったのだ。母に内緒で会社を辞め、保険を解約して少しのお金を手に入れた。身一つで引っ越しをし、今度はずうっと離れたこの地にやって来た。生まれて初めて見た海が、黙って私を受け入れてくれている。
過去の辛い思い出は消えない。母を見捨てた罪悪感が私を苛む。連絡手段は全て絶ったのに、スマホが鳴ると動悸がする。でもおかあさん、今はさようなら。私はここを理想郷にすると誓った。
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