第八章 ラザレス

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 ふ、と目が覚める。眠るという行為を行えば、それは極自然に起きる目覚めだ。二回ほど瞬きをするも、まだ意識はぼやけたままだ。寝覚めは良い方なのだけれど、何故だろう酷く気怠い。いつもと違って高級な布団だったからだろうか。香る上品なそれが、少しキツい気がした。横向きに寝返りをうっては掛布団を手繰り寄せて身を縮め、目を伏せる。だが二度寝をするほど眠くはなく、何処からか僅かに漏れている光は朝を知らせている。朝の早い者であれば既に起きているかもしれない。暫くして目を開けば、見えたのは随分と整った顔だ。昨夜、コイン勝負で勝ったリューティリアだ。反対側を見れば当然父が眠っている。ゆっくりと身を起こせば、どうやら自分が一番最初らしい。不意にやけに柔らかい何かが指先に当たって視線を落とせば、いつの間にか潜り込んでいたらしいマモンが眠っていた。  二回ほど瞬きして笑みを浮かべるも、外気に触れた事でマモンは暖をとるように小さな身を丸めて縮まった。息苦しくなかったのだろうかと考えるも、咄嗟に身を引いて掛布団を戻せば、ちゃっかり鼻先は布団の外にはみ出る位置だった。これはマモンがリューティリアより起きるのが遅かった時、また喧嘩が起きそうだ。そんな事を考えながら、そっと布団から出る。ぽふ、とマモンの背を布団越しに撫でてから立ち上がる。込み上げてきた欠伸を右手で受け止めながら窓辺へと向かう。一番窓側で眠っていたのはレヴィアタンであり、その隣ではディアルが小さな身を丸めていた。恐らく更にその隣で眠るガブリエルに頼まれたのだろう。聞かずとも分かる彼等の会話に思わず口元を緩めるも、やはり寝違えたのだろうか体を動かしても少し気怠い。  それから解放されたい一心で、アーモンドは一同に気遣いながらそっとカーテンの間をすり抜けて窓の外へと出る。とても過ごしやすい気温だ、穏やかな風が首元を吹き抜けていくも、まるで寒くない。眩い太陽の光が、少年の体を照らす。不思議とそれだけで気怠さが薄れた気がした。やはり作られたものだとしてもありがたいものだ、街を照らす太陽に目を細めた。ぐ、と両腕を天に振り上げて背を反らす。旅に出た直後は、すっかり体内時計が狂って酷く体調を崩したものだ。今となってはそれにさえ慣れたとは言えど、やはり朝は太陽の光を浴びて体内時計をリセットしたいものだ。力を抜くと共に息を吐き出して、目を保護するために右手で光を遮り、目を細める。  久しい太陽の光に星達も喜んでいるのだろうか、右手に宿る"星の紋章"が光を受けて僅かに煌めいており、口元を緩めた。手すりに肘をついて頬杖をつけば、また穏やかな風が吹き抜けてきた。酷く懐かしい香りがして―――脳裏に残る、優しい太陽の香りだ。不思議とそれだけで胸がいっぱいになる。なんだか今日は良い事が起きそうだ、なんて都合の良い思考になる。 「(………柳、元気にしてるかな)」  太陽を見た時に思い浮かぶのは、やはり彼一択だ。彼の太陽と、作られたそれを比べる事自体がお門違いだろうが…ふ、とそれに気付く。改めて顔を上げれば、眩い太陽がそこに在る。しかしそれは作られたもののはずで、彼の太陽とはまるで話が違う。違う、はずなのだが。"神々の楽園"に在った酷く威圧を放っていたそれとは違うからだろうか、いや、それにしても。 「(……この国の太陽は、なんだか柳の太陽に似てる気がする……?)」  偶然だろうか、それともこの太陽を作った存在は彼の太陽を見たことがあるのか―――考えるも、答えに辿り着ける訳もなかった。 「マモン、アンタどうしたの?なんかやたら機嫌良くない?」 『そうか?』  どうやら先に起床した事で惨事を回避したのは、ふりふりと九尾をご機嫌そうに揺らすマモンのようだ。いつも朝は眠たい眠たいと嘆いているのに、と毎度手を焼いているレヴィアタンが問うも、彼は当然とぼけるように言う。その真相を知っているのはアーモンドとシンだけであり、しかしマモン自身が予期される惨事を回避した訳ではない。むしろ回避したのは機転を利かせて自分の布団にマモンを移しておいたシンであり、果たしてマモンはそれに気付いているのかいないのか。もふもふとご機嫌そうにアーモンドの肩の上で尻尾を揺らし、その頬をすり寄せてくる彼を見る限り多分気付いていない。当然それにリューティリアは面白くなさそうな顔をするものの、朝から激しい喧嘩をされるよりずっと良い。  ナイスフォローとアーモンドが内心で父に感謝しながら視線で訴えれば、父は軽く肩をすくめた。朝食を終えて街に出る頃には、すっかり気怠さも無くなっていた。街は既に賑やかさを増しており、恐らく朝市の影響だろう。何せ随分と内陸に位置する街だ、魚介類を手に入れるのは少し難しいらしく、その値段はクレスケンスルーナの倍以上だ。それでも此処まで鮮度を落とさぬよう工夫のなされたそれを求める者は多く、アーモンド達が泊まった宿もこの朝市で食材を仕入れているのだろう。暫くそこを見て回る事で適度に時間を潰せば、城を訪ねるには丁度良い頃合いになっていた。各々の会話を聞きながら辿り着いたそこで、アーモンドは一度歩く速度を緩めた。 「わ、ぁ…!」  流石"女神の楽園"と称されるだけあって、とても上品な城に感嘆の声を漏らす。やはり威圧はさほど感じず、旅人を歓迎してくれているような、そんな雰囲気だ。水と緑の都と言うだけあって、街のとはまた違った種類の噴水などが見受けられる。そこから溢れる水を糧に愛らしい花々が咲き誇っており、庭師が居るのだろうか一輪一輪丁寧に手入れがされている様子だった。女であればこの庭で茶会を開きたくもなるだろう、実に優雅だ。花の良い香りがあたりに溢れており、随分とリラックスできそうだ。そんな事を考えながら歩いて行けば、城へと続く門に辿り着く。一目アーモンド等を見た兵が驚いたように目を丸めるが、無理もない。見ての通り随分な人数である上に、なんとも悲しい事に男だらけなのだ。いや、リューティリアの事を考えると今だけ少し比率が違うが。 「止まれ」  門をくぐる者を選別するのが門番だ、当然呼び止められた一同はそこで足を止めた。先日、関所で見た兵と同じ鎧を着こんでいるのは、当然女だ。"女神の楽園"とは言うものの、男の兵は一人も居ないのだろうか。そんな事を考えていると、兵が一同を見て不審そうに眉を顰めた。 「旅人か?」 「えっと、僕達は」 「―――客人だ、通せ」  関所でも見せた手紙の出番だろう、アーモンドが鞄を探るも、それを遮るかのように張りのある声が響いた。確かに自分達は客人という扱いを受けるのが妥当だろう、しかし厳密な訪問時間を指定した覚えはない。適切な時間というのはあるだろうが、事前に連絡した覚えもなく…むしろ都合の良い時間はいつかを今まさに聞きに来たと言っても過言ではない。故に今このタイミングで客人として迎えられるとは、と顔をあげると見えたのは流れる様な長い金髪だ。真っ直ぐすぎるほどのそれは後頭部の高い位置で一つに結われており、その下に見えたのは切れ長の美しい水色の瞳だ。女性にしてはすらりと高い背丈と、張りのある声の所為か強い威厳を纏っている。その身を包むのは、門番と同じこの国の兵の鎧だ。しかし門番のと比べて幾分か装飾が施されており、腰に下げている長剣は美しい。門番が一目その姿を見ると、その場で深く頭を下げた。門番の者よりも地位の高い者である事は一目瞭然だったが、アーモンドが彼女が誰かを思い出すのには暫く時間が経った後だった。 「……君は、確か」 「……お待ちしておりました、レルア王様。先日の戦いでは、お見事でした」  そう、クレスケンスルーナに多くの兵を率いてやってきた"戦略の神"、アテナ。至極冷静な瞳と声で彼女はそう告げると、アーモンドに対して深く頭を下げた。あの時身に纏っていた鎧とは種類が違い、頭部を守る為に装備していた兜もかぶっていない。戦いの最中で一度はそれを脱いだ彼女だが、生憎戦闘中だった為に良く見ていなかったのだ。流石に首都と言う事もあって、激しい戦いが予想される為の鎧と違って幾分か軽装だ。だからこそ、アーモンドは今になってその美しさを知る。"女神の楽園"とは良く言ったものだ、彼女はまさにこの国を守護する"神"に相応しいだろう。数多の戦いを潜り抜けてきただろうに、その肌には擦り傷一つさえない。だと言うのに、彼女が百戦錬磨の騎士である事が分かる。むしろその強さこそが彼女の凛とした雰囲気を出しているのだろう、美しいだけではない勇ましさがある。男でなくても、いやむしろ女の方がその姿を見て心奪われてしまうだろう。そう確信を得られる程だ。 「…どうして、僕達が来るって…」 「先日、関所の者より報告を受けまして……適切な時間を考慮し、お迎えに上がりました」  知らせた覚えはないが、国事などに慣れている者であれば少し考えれば分かる事だろう。それでも随分とタイミングが良いそれに、アーモンドは戸惑いを隠せなかった。神の世界では普通なのだろうか。問う様にアーモンドはミカエルを見上げると、彼はその視線に気付いて不審そうに細めていた瞳で笑った。 「迎えご苦労。我が王は女王との謁見を望まれておられる、お伝えして貰いたいのだが」 「はい。既に陛下より丁重にお出迎えするよう申し付けられております。どうぞ、中へ」  歓迎してくれていると素直に受け止めれば良いものの、多かれ少なかれ警戒心がそうはさせてくれない。先日の激しい戦いはまだ脳裏に生々しく残っているのだ、言いながら中へ促す様に半歩下がった彼女を疑う訳ではないが。それを彼女自身も自覚しているのだろう、故に彼女はその場でくるりと踵を返し、背を見せた。どれだけの力量差があっても、背後と言うのはそう簡単に見せられる箇所ではない。小さな攻撃でさえ、致命傷になりかねないからだ。恐らくそれが今の彼女にとって最大の無害を証明する行動だ。その動きに合わせて、長い金髪が揺れる。望むのであれば剣を、といった様子で彼女は腰に下げていた剣を軽く持ち上げながら肩ごしに一同を見た。  それに対して軽く右手を挙げる事で応えたのはミカエルだ。騎士たるもの、そう簡単に剣を手放して良いものではない。それでも警戒はしているのだろう、彼はアーモンドの右方で一歩前へと出る。この一歩分だけは、必ず自分が先に歩くと言いたいのだろう。緋色の瞳が後方に続くだろう一同をみやり、声なき言葉に彼等は小さく頷く。一呼吸おいてから、アーモンドは歩き出した。その足音を聞いてか、アテナは前方へと視線を戻すと実に綺麗な姿勢のまま歩き出す。城は、どちらかと言えば賑やかだった。多くの者が仕えているのだろう、兵の他にもメイドや庭師、中にはシスターと言った類も居るらしい。当然、貴族も住んでいるらしく中庭を通る時には多くの者の視線を集めた。とても戦争をしている大国とは思えない平和さだった。広い城内は豪華な装飾が施されているが、眩暈がするほどではない。どちらかと言えば落ち着いた雰囲気で、さほど力まない。幾度か階段を上り、少し長めの廊下を歩いた先にあった一枚の扉の前で、アテナは足を止めた。 「こちらの部屋で暫しお待ちください。つい先ほど、イルデアより使者がお見えになられたばかりでして…。しかし、そう時間は掛からないかと」 「…そう」  大国と言うだけあって、外部からの来客は酷く多いだろう。午前中に訪問を伝えて、午後にでも会えれば良いと考えていたところだ。出来れば客間より街の方で時間を潰したかったが、致し方ない。申し訳ございません、とアテナが深く頭を下げるが彼女を責める気は毛頭ない。大丈夫だと首を横に振るえば、彼女は沈黙したままゆっくり身を持ち上げ、その扉を開いた。何処からか、柔らかい風が吹き抜けてきた。 「あっ、来た来たぁ!お疲れ様ぁ、アテナちゃん!」  不意に聞こえたのは、優雅な城の雰囲気を壊す程に元気で幼い猫なで声だった。そこで初めて、アテナの表情が僅かに動いた。何事かと目を丸めれば、室内で誰かが席を立ったのだろうか、椅子が動く音が響くと小さな足音が響き出す。その声と音を聞いて、何故か怯えたように息を呑んだのはラファエルだ。何事かと肩ごしに振りかえりかけて、ひょこ、と扉の奥から誰かが顔を覗かせた事でついそちらへと視線を持っていかれた。 「わぁ、随分と大人数でいらっしゃったんですねぇ!こんにちわぁ、レルア王様!」 「こ、こんにちは…?」  何処か少し眠そうな緩やかなタレ目の少女が、その瞳でアーモンドを見つけると無邪気な笑みを浮かべた。とても小柄な少女で、身に纏うのは鎧ではなく魔導師が着込む法衣だ。被っているとんがり帽子の下で綺麗に切り揃えられた前髪が揺れた。ぺこりと小さな身体を全身つかって少女は頭を下げると、その動きに釣られて滑り落ちそうになった帽子を両手で押さえた。 「あーっ!ラファエルちゃぁん、お久しぶりぃ~!!」 「わっ、ちょ、ちょっと待って!?」 「おわっ!?」  するとその瞳はラファエルを見つけると大きく見開かれ、少女は一直線に少年に向かって飛んだ。見た通り魔術師なのだろう、浮遊魔法で全身ごと突っ込んできた少女にラファエルは酷く顔を顰め、咄嗟に近くにいたガブリエルを引っ張った。小柄なラファエルにとって長身のガブリエルは良い盾になり、既の所で少女は魔法を操る事で衝突を防いだ。ぴた、と少女の動きが止まった。 「………あんたに用はないんだけど」 「いや俺だってお前に用はねぇよ……。っていうかお前、ラファエル以外に対する態度が相変わらずだな……」  途端、直前まで浮かべていた満面の笑みは何処に消えたのか、いっそ恐ろしい程の無表情で少女はガブリエルに訴えるも、それは彼とて同じ事だ。最早一種の芸当に値するだろう表情の変化は面白いくらいであり、ガブリエルは自身の背中で震えるラファエルの心中を察して顔を顰めた。 「ちょっとペルラ、一人勝手に突っ走るんじゃない。立場を弁えな、邪魔だよ」  そんな彼等の助け船か、奥から顔を覗かせたのは別の兵士達―――否、アテナと同じく上位に位置する者か。ペルラと呼ばれた少女が一人の女性に襟元を掴まれて捕獲され、その動きに合わせて長く美しい髪が揺れた。長いのは前髪も同様であり、実戦では邪魔になりそうな程の長さの前髪の奥から切れ目の瞳が一同を見た。 「失礼いたしました。ようこそラザレスへ、レルア王様」 「は、初めまして…?」 「初めまして。アテナ、お疲れさん」  一目アーモンドを見ると彼女は静かに頭を下げ、すぐさま捕獲した少女を引っ込める様に数歩後退する。一方でアテナを見ると彼女を労わる様に声を掛け、それに対してアテナは静かに目を伏せる事で応えた。 「あーん、苦しいよぅ、ジルちゃん!」 「ユッテ、パス」  アテナに次ぐ長身だろう彼女に対してペルラが首元が締まらない様に暴れるも、その努力虚しく次なる者に放られる。小柄な少女を受け止めたのは同じく小柄な少女だ。無表情のまま静かに頷いて少女を受け止めた彼女は、一同の中で最も髪が短い。しかし少女らしく編み込まれている可愛らしい髪型は、実に良く彼女達の性別を表している。だがその体格に見合わない程の重装備に身を包んでおり、その髪型は余計に違和感を感じさせた。改めてアテナが部屋の中へ入るよう一同を促す様に腕を伸ばし、それに従って歩を進める。さぞ多くの客人が訪れる部屋なのだろう、内装は随分と洒落こんでいた。"女神の楽園"の名に相応しい上品さがある。その国にこれだけ男が纏まってくるのも珍しいだろうに、なんて事を考えながらアーモンドはミカエルが引いた椅子に腰を下ろした。驚く程に変わらないミカエルに、何処に行っても歪みない、なんて事を全員が考えたのを彼は知っているだろうか。流石に客人の扱いは慣れているのだろう、流れる様に紅茶を運んできたのはこの城に仕えているだろう一人のメイドだ。 「先ほどはこの者が無礼を働いて申し訳ない。私の指導力不足です」 「えっえっ、それは違うよぅアテナちゃん!ペルラが悪かったからぁ!」 「………悪いと思うなら、静かにしてる」  一先ずと言った様子でアテナが謝罪するも、そんな事はないのだと少女が暴れる。しかしそれを抑え込んだのは今も少女を抑えるもう一人の少女だ。ぐ、とその帽子ごと頭を掴むと共に謝るように少女の頭を強引に下げさせる。ずる、ととんがり帽子が落ちそうになるも、やはりそれを死守するように少女は帽子を押さえた。 「改めまして……ようこそラザレスへ、レルア王様。私はこの国で兵士長を務めさせて頂いております、アテナと申します」  兵士長である事など関係なしに、その美貌は多くの者を惹き寄せるだろう。凛とした表情には迷いも憂いもない。その毅然とした姿は男だけではなく、女の心さえ奪うだろう。この国にとって彼女は憧れであり、多くの者のしるべなのだろう。 「わたしはジルベット、海軍の頭を務めさせて貰ってます。お宅のガブリエル殿には昔、それはもう大変お世話になりまして?」  パチンと指を鳴らしてガブリエルを指差しながら笑い述べたのは、その隣で姿勢を正した長身の女性だ。しかしその口調はアテナと比べると雑なのは明らかであり、丁寧な口調で喋るのは苦手らしい。ジルベットの指名に頬杖をついたのは当然ガブリエルであり、むしろ世話になったのはこちらだ、と彼は微苦笑を浮かべていた。 「初めましてぇ、ペルラはペルラって言いますぅ!ラファエルちゃんと同じでぇ、魔法軍の隊長さんをやらせてもらってますぅ!」  見た通りらしいペルラは満面の笑みを浮かべてラファエルを見るも、どうやら彼は彼女が苦手らしい。彼の性格を考えれば随分と苦手なタイプだろう、横目でラファエルを見ると彼は視線を合わせたくないらしく、目元を掌で覆っていた。そんな少女にもう少し慎ましく、と脇腹に肘鉄を決めたのは隣に居た少女だ。ぐ、とペルラが予想以上に重たいその攻撃に奥歯を噛み締めた。 「………ユッテと申します。歩兵の隊長を務めさせて頂いてます」  不似合いな程の重装備であるのは、前線で戦う者であるかららしい。その瞳でウリエルを一瞥するも、彼女は特に何も語らなかった。同じ歩兵でもウリエルとは随分と違った感じだが、この大国で歩兵を率いる者だ、この世界において外見はまるで参考に成らないと言ったところか。"神々の楽園"と"女神の楽園"は以前、友好関係にあった。その事から彼女等四人が"熾天使"である四人とも面識があるのは当然だ、仲が良かったかどうかは別だが。礼儀には礼儀で返すほかない、とアーモンドは一息おいてから自分の名を名乗る。レルア王、と言う名ばかりが広がっているがそれは称号に過ぎない。そう考えると意外にもアーモンド自身の名を知る者は少ないだろう。続けてシンが名乗れば、父君か、とアテナも少し驚いた様子だった。リューティリアに限っては性別に関して突っ込まれるかと思いきや、どうやら彼女達も完全に彼を女だと思っているらしく、変に荒波を立てる必要もない為に黙っている事にした。"熾天使"四人は既に名も顔も知られている為、ディアルを含む残りの者達は一言名乗れば彼女達もその存在は知っていた。こうしてこの世界を渡り歩いてみると、相応に名を知られている者ばかりである、と言う事を改めて感じた。 「(噂には聞いていたが、まさか"人間"がこれだけの人材を集めるとは)」  アーモンド自身がそう思ったのだ、彼と違ってこの世界で生まれ育ってきたアテナにそう思わせるには十分だった。軍人として生きてきた所為か、その瞳は今一度左から右へと一同を流し見る。改めて戦いを挑んだところで、果たしてどうなるか。そんな事を考えていると、不意に紺青色の瞳が右方を見た。その視線の先はミカエルらしく、彼等はその一瞬で視線で会話したらしい。 「お堅い挨拶は仕舞いにして、だ。ジル、お前に一つ聞きたい事がある」 「なに?生憎だけど、わたしはまだ結婚するつもりないよ」 「聞いてねぇよ、ぶっ飛ばすぞ」  どうやらガブリエルを含む多くの者はジルベットをジルと呼ぶらしい、その呼びかけに彼女は何事かと首を傾げる。会話から分かるのは彼女の気さくな物腰だ。話術に長けているのではないだろうか、彼女は親しい者が多そうだ、なんて事を考える。しかしこの場においては裏目に出たらしく、ガブリエルがその言葉に顔を顰めればジルベットはしてやったりと無邪気に笑った。 「お前なんでこの前のドンパチで海軍を率いてこなかった?お前だけに限った事じゃないが……」 「ふむ、その点は私も是非聞きたい。まさか最高司令塔のアテナが前線に出ておきながら、お前達が出る必要がなかった……なんて事はないはずだが?」  が、続いた問いに彼女はその表情から笑みを消した。出る幕がないと戦力を渋るのであれば、最高司令塔のアテナが本国に留まるのが道理だ。地位だけで言えば彼女達はアテナの部下に当たる者であり、例え一同との戦いが重要でない戦いだとしても、だ。あるいはあの時、同時に彼女達が別国と戦争をしていたのなら分かるが―――あの時の戦いを見る限り、大方総力であったと判断して良い。 「いいね、その小細工なしで正面から来る感じ。わたしはあんた達のそう言うところ、結構好きだよ」  ジルベットの癖、だろうか。パチン、と彼女はまた指先を鳴らしてから二人を指差すと、その奥で何とも言えない微苦笑を浮かべた。
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