Poker Face

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そんな忙しさに拍車が掛かる中、試作機を他のチームの方たちと組み立てていたときだ。私は運悪く脚立に乗って最上部のボルトを工具で締めているところだった。一瞬、視界がブラックアウトしたと思えば、次の瞬間には私は空中に投げ出されていた。ただ落下する。それを下にいたチームの後輩が抱き止めてくれた。 「久坂さん、大丈夫ですか!!」 「……ありがとう、大丈夫だから……」 驚いたみんなが集まってくる。そして私を気遣ってくれる。みんなは最近佳境どころか修羅場に入ろうかというなか、女の子の私が無理をして仕事をしているんじゃないかと心配する。しかし、それまでもこんな忙しさはあった。それでも乗り越えて来たのだから、大丈夫だろうと私は楽観的に考えていた。みんなの心配を振り切り、再び脚立に手を伸ばそうとしたとき、私に声が掛かった。 「貧血で脚立から部下が落下したなんて森部長に知れたら、労災の始末書書かないといけないよ!無理するのやめて、久坂ちゃん」 誰が連れてきたのか、直属上司が立っていた。彼は私の司令官、彼が私の仕事を決める。 「君に仕事を振った張本人が言うのもなんだけど、もうこんな力仕事は野郎に任せて、その代わり図面の方お願いできるかな。忙しくて久坂ちゃんが女の子なの忘れてた俺が馬鹿だった。女性が体力面で男に劣るのは解っているのに、同じ量振ってしまったよ。だからと言って、追い込みのときに久坂ちゃんいないなんて俺が発狂するから、今はセーブしておいて。貧血大丈夫?今日は帰る?」 いつもは容赦ないくらいの仕事量を投げてくる私たちのチームリーダーである直属上司は、心配そうに私のことを気遣う。それは、単純な心配とともに、これから始まる修羅場の前に部下を休ませたいという計算もある。確かに私が彼の立場なら、今休ませて体調を調えさせるだろう。 「解りました、この場は他のチームメンバーに引き継ぎます。その後少し居室で休みます。済みません、皆さん」 謝る私に、直属上司を含むこの場全員の首が横に振られる。結局この日は定時退社となった。しかし、修羅場に突入したせいか、図面を書いていても貧血や目眩、それに腹痛など体調不良が重なった。けれど、それでも私は思っていた。「三十代に入ってこんな修羅場は初めてだ。三十路になると途端に体力が落ちると前、細香さんが言っていたがその通りなのだな」と。 そして、私たちは主イエス・キリストの加護もあってか、クリスマス当日である、12月25日の定時に製品開発成果報告書を生産技術と工場技術に提出した。あとは多少の引き継ぎがあるだけと思われる。
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