Poker Face

6/48
前へ
/48ページ
次へ
なぜ大阪に行くことになったのか、それはお互いの意見が申し合わせずとも合致してしまったからだ。私は某ネズミの国と相対する有名テーマパークを一度見てみたかった。そして、峯部長は「冬は温泉に決まっているだろう」と発言し、その後、なぜが大阪行きの新幹線の切符がリザーブされ、テーマパークのチケットすら購入され、なおエキスプレス・パスまで追加されている完璧ぶりが披露された。そして私は当然彼の要求である温泉を考えるが無知ゆえに思いつかない。ただ、大阪行きが決定された以上、彼は勝手に自分の欲求を満たすだろうと思った。少し怖いが、これは彼からのシークレットプレゼントと考えて、実はそれ以上何も問わなかった。つまり、私は大阪の土を踏んだ今も、未だ今日の宿泊地を知らない。 何はともあれ、念願のテーマパークに少し待たされてから入場し、私は彼の手を引いた。そして、目的のアトラクションへ到着すると、彼は眉間の皺を増やした。怪訝そうな顔で彼は建物を見上げる。 「クリスマスイベントの最中に敢えて血で汚れたような趣きで異彩を放っている、”ホラースタジオ『出口のない館』”ってアトラクション、つまりお化け屋敷に行くのか?千夏、物好きだな。もうちょっとクリスマスの空気読めよ」 まさか、クリスマスイベント真っ盛りのこの雰囲気を無視して私がいかにもグロい建物のお化け屋敷に直行するとは流石の峯営業部長も思わなかったらしく、訝しんだあと、反対にツボに入ったようで喉を低く鳴らして笑っている。 これには、深い事情がある。 本当のところ、私はテーマパークの絶叫マシーンにひとりで乗って、叫ぶのが好きなのだ。最近の私はよくこう叫んでいる、「峯部長の有給全部私が押さえたい!!」とか「私のことだけ見てよ、峯部長のバカ!!」とか、そんな類いのものだ。隣の人は大迷惑である。そして今日、隣の人は峯部長本人である。……万が一にもいつもの癖が出たらどうなる。ということで、彼の前では「千夏、絶叫マシーン怖い~!」とか女の子らしく嘯いて、その代わり、確かにクリスマスを血で汚すような行為だが、お化け屋敷定番の「怖がって隣の男性についしがみついてしまう可愛い女の子」を演じにきたというわけだ。ちなみに、普段お化け屋敷に興味はなく、しかもグロいのが苦手というわけではないが耐性もない。このアトラクションは怖いらしいとは聞いている。しかし所詮VR装置装着での演出だ、本物がそこに存在しているわけではない。私はまだ笑っている峯部長の腕を掴み、アトラクションの係の方にふたり分のエキスプレスパスを見せた。 「誓約書にサインをお願いします」 と係の方から注意事項を聞いたあと、ボールペンを渡される。誓約内容は簡単に言うと「内容が怖すぎて不快な思いをしても当テーマパークは責任を取りません」というものだった。私は隣の男性の顔を伺うべく視線を上に移すと、 「外資のテーマパークはアトラクションひとつ参加するにも誓約書書かせるのか、流石だな……」 と、何か違う観点から感慨深く感想を呟いている。これでは、何の助けにもならないと判断し、自分の名前を勢いで書くと、それを認めた隣の人は同じようにさらさらとサインした。そして、彼と私にVR装置を装着させたあと、私と彼の間に鎖が少し長めの手錠をかけた。 「出口のない館」の趣向は、館に入ってその中を探索し、進行していくストーリーからヒントを得て、”ある答え”を発見できた人だけが、館の出口の在処が解るという、ある種ゲームのようなもので、その最中に同行者と離れてはいけない縛りがある。鎖が切れたらゲームオーバーだ。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加