Poker Face

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早速、案内役の女性が館の扉を開ける。そして私たちは問答無用で放り込まれる。 暗い部屋に目が慣れていくと、コンクリート打ちっ放しの狭い部屋にいた。目の前には扉がある。しかし、周りがざわざわとしている。下に目を落とすと私は凍った。脚ががくがくとして無意識に隣の峯部長に縋り付く。 「あ、足下……、あれは『アレ』ですよね……、沢山ひしめいてるじゃないですか!!」 黒光りする個体が壁や床に群れひしめく様子を見て、最早涙目になっている私を置いて彼は呆れたように言う。 「所詮VRだから大丈夫だと抜かした割には早々にびびってるじゃないか、千夏」 そして、彼はしゃがみ、その手に黒光りする個体を掬い取る。それだけでも悲鳴を上げそうだったのに、彼は立ち上がって私の前で、それを握りつぶした。私は反射的に目を瞑った。生々しい音が聞こえた後、視覚を遮断したままで、彼の訝しんだ声を聞いた。 「俺はVR技術の進歩について全くの無知だが、さっきこれを握り潰した質感すら生々しかったぞ。そんなにこの業界の技術開発は進んでいるのか?お前の方が詳しいだろう、千夏」 それを聞いて、彼の手の中をつい見てしまったのだ、「アレ」の死に様がリアルすぎた。しかし問題はそこではない。私の知る限りVRといえども「質感」は表現できない。ということは、彼の手にあるモノも周りにいるモノも全てが質量をもって存在している――、と思った瞬間、私は彼の手を引っ張って次の扉に向かって走り出していた。もはや半泣き状態である。 そして、開けた扉の先には、薄暗い一本道の廊下があり、最後はまた扉で塞がれている。廊下の側面には、絵が飾ってあったり、写真が飾ってあったり、窓があったり、電話があったり、ラジオがあったり、……そしてドアが半開きになっている部屋があったり……。要はするにこれらを調べて、ヒントを得ていき、ストーリーを着実に進めれば、外に出られるという攻略方法はすんなり浮かぶものの、不気味なBGMが流れる薄気味悪い廊下にアレが這っている状態では、先に進むのも怖い。いつお化けか幽霊か知らないが、脅かしにくると思うと怖すぎて腰が引ける。もう頼りになるのは隣にいる興味深そうに回りを見渡して流石の余裕をかましている峯部長しかいない。本能的に彼の逞しい腕に後ろから掴まって身を隠す。そして、どの口で言うのか彼に指示を出す。 「まず、手前にある三枚の絵画を見に行きませんか?」 後ろに隠れている私を振り返り、彼は意地悪い笑みを浮かべた。 「千夏が余りに密着してくるせいで俺は今公共の場にいる気がしない。お前の柔らかい胸に挟まれている俺の左腕がそう訴えてくるんだ。俺はVRではなく生身の人間で男だ、覚えておけ」 その瞬間、私は恐怖を忘れて血を滾らせてしまった。このVR空間で生身の人間が抱き合ったとしたらどうだろう。私たちは隔絶された陸の孤島でふたり抱き合っていると仮想空間と認識しながらでもその雰囲気に身を滾らせてしまうだろうが、実際にはただのアトラクションの建物の中でしかなく、誰かがモニターで常に中をチェックしているだろう。そんな衆人環視の中の行為はどれほどの羞恥と緊張感、熱と滾りを感じさせてくれるだろうか、きっとそれは余りにも甘美で――、と思い気付くと身体の芯が熱く、そこから疼きがずきずきと伝わってくる。欲情してしまった私は腰を彼の身体に押しつける。 「どんなお化けよりも部長の方がずっと怖いことを忘れていました。どんな怖い目に遭わされるのか不安です」 すると、彼は微笑んだ。 「このアトラクションは詳細を秘密にしているのだろう?情事も秘密の物語や趣向があった方が面白い。楽しみにしていたらいい」 そう答えると、私を連れて歩き出す。謎解きを真剣にし始めた峯部長は私の気付かない事に気付き推理を進めていく。途中、いかにもお化け屋敷な演出だが死体に追いかけられる場面があったときは、腰を抜かした私を咄嗟に抱き上げ走ってくれた。なんというか、探偵の助手になったような気がして、シャーロック・ホームズの活躍を見ていた助手のワトソンはこんな気持ちだったのだろうかと、だからホームズの活躍を本にまでしてしまったのだろうかと、私は彼の凛々しい横顔を見てそう思った。
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