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後日
私はモノレール駅の改札口で、元と待ち合わせをしていた。
今日は久しぶりに絵里に会うのだが、彼女は偏食激しい子どもへの食事に栄養士のアドバイスを欲した。
待ち合わせ場所へ行けば彼はすでに来ていて、参考書が入っているであろう重そうなリュックサックを背負っている。
開口一番、私は伝えた。
「卒業と就職おめでとう」
「うん。ありがとうございます」
彼はストレートに言われたせいか、照れくさそうに笑っていた。
私は教え子が巣立つ瞬間に、胸いっぱいな気持ちでいた。
卒業なんて、職場で何回も経験してるのに。
ヤダヤダ、歳とっちゃうってのは。
だから泣かないように、わざと話題をそらす。
「そういえば卒業研究読んだよ。すごいね学長先生」
「え?ああ、そうだね」
「普段から手え抜いてグータラしてる私には、考えられない人生だよ」
「だろうね」
「ちょいちょい。そこは否定しなさいよ」
すると私鉄の改札をくぐって、小さな子を抱いた絵里がやってきた。
久しぶりと笑うその姿は、昔の絵里とは違って穏やかで優しい雰囲気だった。
「一般企業に時短で入りました」
「そうなんだ」
「教職に未練がないと言えば嘘になりますけど、今大切なのは自分が元気になることなので、もう悔いはありません」
「そっか、そうだね」
“私という人は、一生懸命で、それはもう一生懸命で。
しかしその繊細さにとにかく鈍感で、
気がつけばいつしか自分で自分を追いこんでいるのです。“
でも、
鈍感さがうちらの良さでもあるから、
私はその一生懸命さは否定しないよ。
ただね、
「がんばったね。お疲れさま、絵里先生」
「ありがとうございます」
ただちょっと、立ち止まって良い眺めを見ようじゃないか。
「じゃあ早速お茶しますか」
「ですね」
「はい。この人が栄養士」
「はじめまして、千々木元と申します」
彼は45度礼で挨拶をする。
すると絵里は「まあ!」と嬉しそうな声をあげ、一瞬私を見た後に返礼した。
「はじめまして。小学校にいた時は、奥様に大変お世話になりました!」
「え?」
私も元も一瞬きょとんとしたが、彼女は上機嫌のまま子どもを抱いて歩き出す。
「…そうか。苗字が同じだからか」
いや、にしても勘違い甚だしいでしょう。
私は彼に、決して老け顔じゃないことをフォローした。
「行くぞ、元」
「うん」
楽しそうな絵里の後をつける。
彼は私の背後から、いつになくゆっくり歩いてくる。
街の桜が、大きな蕾をつけて春を待っていた。
今日は何だか、とてもわくわくする日だ。
おわり
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