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そんな時だ、彼に出会ったのは。
「あーあ…」
土砂降りの雨で全校遠足が流れた日、子ども達に延期の沙汰を伝えに教室へ向かう途中、職員玄関にいた。
ただその時は対応している絵里先生と、彼女の足下に置かれている白いビニール袋に目が行ったから、ほとんど記憶になかった。
ただ“お弁当屋さんだ”と思っただけ。
遠足の日は給食がないから、希望する職員のお弁当をこうして外に頼むことがある。
私は絵里先生を手伝って、弁当を職員室へと運んだ。
本来ならば、すがすがしい青空の元で広げるはずだったお弁当。
ただ抱えて運ぶその容器から、雨にも負けない温かさがほんのり伝わってきた。
夏-
1学期が終わり、子ども達は休みに入った。
私は朝は少し遅く起き、パンをコーヒーで流しこんでから学校へと向かう。
駅の改札を通り、坂を上がり、小学校前の十字路を左折し、オレンジ色のテントを目指す。
夏休みは給食がない。
補給経路を絶たれた私だが、すでに格好の調達場所を見つけていた。
朝から米の炊ける、おいしい匂いがする。
ショーケースには、調理されたお弁当が数種類ほど置かれていた。
定番の幕の内弁当、
行楽などに気軽に持って行けるおにぎり弁当、
スタミナ満点とんかつ弁当,
子ども用のかわいい旗つき弁当等、とにかく中身は色とりどりだ。
「はーなちゃん」
「え?」
いきなりなれなれしく店員にそう呼ばれた。
教師の勘で教え子だとすぐに直感したけど、顔を見ても名前が出てこない。
「俺、千々木元だけど」
「あ、そうだ!私と同じ苗字の!!」
「ハハ、久しぶり元気!?」
元はショーケースに手をついては、こちらに向かってニコニコと笑った。
いくら注意してもはな“先生”と呼ばない小生意気さ、そして邪気のないえくぼのある顔を見て、私は当時小学5年生だった彼を思い出す。
産休代替で家庭科の専科を持っていた時に教えた子だ。
「背え伸びたね!」
「そう?はなちゃんは相変わらず低いね」
「何、今お弁当屋さんやってんの?」
「ううん、バイトだよ。本業は栄養短大の2年生。というか俺、何ヶ月か前に小学校に弁当持ってったけど、はなちゃんいただろ?」
「あ、全校遠足の時…」
「実は「あれ?」って思ったんだよね。ねえ弁当うまかった?」
「うまかった…うん、うまかった。と思うけど…あんまり覚えてない」
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