2人が本棚に入れています
本棚に追加
元は「家庭科の先生だったのに!」と言っては、ケラケラ笑った。
だから今日、昼食時にしっかり向き合ってみることにした。
プラスチック容器に入った幕の内弁当。
俵型のご飯が8つ並んでいて、中央には梅干し。
鮭の薄い切り身と分厚い卵焼き。
マカロニサラダ,漬物,あとは人参や里芋,椎茸の煮物がごろごろと。
先日もきっとこんな感じで入っていたに違いない。
ああ、なぜ記憶に残ってないのだろう,こんなにも美味しいのに!
「教え子が作った」というひいき目の採点もあるけど、少なくとも普段、忙しさにかまけてテキトーに食べていた私にとっては、久しぶりのきちんとした食事に違いなかった。
何だか幸せで、何だかものすごく有り難かった。
“今日の夜は何を食べようかな…”
授業がないと、業務中でもそんなことを考える余裕が出来る。
明日からお盆休みに入る職員室は、ひっそりと静まり返っていた。
聞こえるのは数名の先生達が事務作業する音と、校長室から聞こえる話し声だけ。
絵里先生の遅れた職制面談らしい。
“たまには料理もしてみようかな”
そう思いながら机の掃除。引き出しに入っていたお菓子やら封筒やらを、こぞってカバンの中へと詰め込んだ。
やがて3時をすぎると、少し身体が斜めになっている絵里先生が戻ってきた。
しかし机上のメモを目にして、さっと顔色がかわる。
私はそこまでしか見ていないけど、少し自分の教室に行って戻ってきたら、もう彼女の姿はなかった。
紙を覗けば、彼女の子どもが通う保育園の電話番号が書いてあった。
ひじきと枝豆が混ざったご飯が、既におかずの入っているお弁当に盛られていく。
良いなあ、まさに夏らしいご飯だ。
「やっぱりここに来て正解だったわあ」
「料理しなさいな、たまには」
元はため息混じりだが、頼られて満更でもない顔をしている。
私は毎日ここへ通っているけど、元はアルバイトで入ったという割には、まるで店長のようにいっぱしに弁当を売っていた。
「お吸い物のインスタントつけるね。ほとんどネギだけだから、幹燥ワカメとか豆腐とか入れて食べるといいよ。それくらいならできるでしょ」
さらに栄養指導もしてくれる弁当屋など、なかなかいないだろう。
彼は何年ぶりの再会とはいえ、私の性格や特徴をよく見抜いていた。
「はなちゃん、何で家庭科苦手なのに専科なんか持ってたの?」
「あら、バレた?」
「味噌汁の味噌の計量間違うし、卵の茹で時間も、沸騰した時からじゃなくて、火をつけた時から測ってるし」
「そりゃ先生にも得意下手あるけどさ、何を持たされるのかは校長の判断次第なんだよ。ただ料理に興味がないわけじゃないよ」
「…そっか。はい、おまちどうさま」
「ありがとう。じゃあね、良いお盆休みを」
一人暮らししているアパートへ帰り、さっそくプラスチックの蓋を開けては、もう一度感動に浸る。
目の前で渡されたから、何が入っているかなんてわかってるのに、なぜにお弁当というやつは、こうして人をわくわくさせるのだろう?
ただ一方、その食べ方については、はなさんの悪い癖は直っていない。
スマホをいじりながら、テレビを見ながら、
それから封書を切りながら食べていて。
「え……」
箸が止まった。
机から引っ張り出してきた、水色の封書。
5月にもらって以来忘れていた健康診断の結果,その判定の1か所に赤文字が入っていた。
“要再検査”
その刹那、私は立ち上がった。
お吸い物に乾燥ワカメを入れてなかったことを思い出したのだ。
最初のコメントを投稿しよう!