いろどり

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元は「家庭科の先生だったのに!」と言っては、ケラケラ笑った。 だから今日、昼食時にしっかり向き合ってみることにした。 プラスチック容器に入った幕の内弁当。 俵型のご飯が8つ並んでいて、中央には梅干し。 鮭の薄い切り身と分厚い卵焼き。 マカロニサラダ,漬物,あとは人参や里芋,椎茸の煮物がごろごろと。 先日もきっとこんな感じで入っていたに違いない。 ああ、なぜ記憶に残ってないのだろう,こんなにも美味しいのに! 「教え子が作った」というひいき目の採点もあるけど、少なくとも普段、忙しさにかまけてテキトーに食べていた私にとっては、久しぶりのきちんとした食事に違いなかった。 何だか幸せで、何だかものすごく有り難かった。 “今日の夜は何を食べようかな…” 授業がないと、業務中でもそんなことを考える余裕が出来る。 明日からお盆休みに入る職員室は、ひっそりと静まり返っていた。 聞こえるのは数名の先生達が事務作業する音と、校長室から聞こえる話し声だけ。 絵里先生の遅れた職制面談らしい。 “たまには料理もしてみようかな” そう思いながら机の掃除。引き出しに入っていたお菓子やら封筒やらを、こぞってカバンの中へと詰め込んだ。 やがて3時をすぎると、少し身体が斜めになっている絵里先生が戻ってきた。 しかし机上のメモを目にして、さっと顔色がかわる。 私はそこまでしか見ていないけど、少し自分の教室に行って戻ってきたら、もう彼女の姿はなかった。 紙を覗けば、彼女の子どもが通う保育園の電話番号が書いてあった。 ひじきと枝豆が混ざったご飯が、既におかずの入っているお弁当に盛られていく。 良いなあ、まさに夏らしいご飯だ。 「やっぱりここに来て正解だったわあ」 「料理しなさいな、たまには」 元はため息混じりだが、頼られて満更でもない顔をしている。 私は毎日ここへ通っているけど、元はアルバイトで入ったという割には、まるで店長のようにいっぱしに弁当を売っていた。 「お吸い物のインスタントつけるね。ほとんどネギだけだから、幹燥ワカメとか豆腐とか入れて食べるといいよ。それくらいならできるでしょ」 さらに栄養指導もしてくれる弁当屋など、なかなかいないだろう。 彼は何年ぶりの再会とはいえ、私の性格や特徴をよく見抜いていた。 「はなちゃん、何で家庭科苦手なのに専科なんか持ってたの?」 「あら、バレた?」 「味噌汁の味噌の計量間違うし、卵の茹で時間も、沸騰した時からじゃなくて、火をつけた時から測ってるし」 「そりゃ先生にも得意下手あるけどさ、何を持たされるのかは校長の判断次第なんだよ。ただ料理に興味がないわけじゃないよ」 「…そっか。はい、おまちどうさま」 「ありがとう。じゃあね、良いお盆休みを」 一人暮らししているアパートへ帰り、さっそくプラスチックの蓋を開けては、もう一度感動に浸る。 目の前で渡されたから、何が入っているかなんてわかってるのに、なぜにお弁当というやつは、こうして人をわくわくさせるのだろう? ただ一方、その食べ方については、はなさんの悪い癖は直っていない。 スマホをいじりながら、テレビを見ながら、 それから封書を切りながら食べていて。 「え……」 箸が止まった。 机から引っ張り出してきた、水色の封書。 5月にもらって以来忘れていた健康診断の結果,その判定の1か所に赤文字が入っていた。 “要再検査” その刹那、私は立ち上がった。 お吸い物に乾燥ワカメを入れてなかったことを思い出したのだ。
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