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武司の家であるそのマンションはリビングだけで20畳はあろうかという広さだった。南側の一面は全面がガラス窓になっていて、麻里が歩いて来た場所の低層ビルを見下ろす事ができる。夜景ならさぞ綺麗だろう。
麻里に高価そうな室内用スリッパを勧め、武司はマンションの奥に大声で呼び掛けた。
「美咲ママ、麗子ママ、麻里ちゃん連れて来たよ」
リビングの奥のドアが開いて二人の女性が入って来た。50代後半と聞いていたが、二人ともずっと若く見えた。麻里は背筋を伸ばして深々とお辞儀をする。
「初めまして。高階麻里と言います。本日はお招きにあずかりまして……」
そのままファッションショーに出られそうな派手なドレスの女性が、駆け寄って来ていきなり麻里を抱きしめた。
「まあ可愛いお嬢さん。あたしが森本美咲よ」
親のような年齢の女性にいきなり抱きつかれて、麻里はどぎまぎしながら、首から上だけ動かしてもう一人の女性に一礼した。
美咲とは対照的に、細かい飾りがたくさん付いてはいるが、落ち着いた形のブラウスと淡い緑色のロングスカートといういで立ちの女性はにっこり微笑み返した。
武司が苦笑しながら麻里に言う。
「あっちが麗子ママ。この二人が僕のお母さんだよ」
美咲がうれしくてたまらないという表情で麻里をリビングの中央の豪華そうなテーブルとソファのある場所へ引っ張って行く。
「堅苦しいあいさつはいいから、くつろぎましょうよ。麻里さん、飲み物は何がいい。ワインかしら、それともカクテルがいいかしら」
「い、いえ、あたしは昼間からお酒はちょっと……」
麗子が近くにあったファッション雑誌を丸めて美咲の後頭部をパンと叩いた。
「美咲、はしゃぎ過ぎ! 麻里さん、困ってるでしょ」
高級そうな低いテーブルをはさんで、片側に美咲と麗子、向かい合って麻里と武司がソファに座った。
紅茶を飲みながら、麻里は改めて、この家族の成り立ちを聞かされた。まず麗子が言う。
「もう武司君から聞いていると思うけど、あたしたちはいわゆる同性カップルなの。で、アメリカから取り寄せた精子で人工妊娠して生まれたのが武司君なのね」
「産んだのはあたしの方よ」
美咲が口をはさんだ。
「タケちゃんはあたしのお腹を痛めて産んだ、あたしたち二人の可愛い息子なの」
武司から前もって聞いていたとは言え、微笑しながらあっけらかんと話す二人の「母親」の雰囲気に麻里は気圧されていた。以前から知りたかった事をひとつ、思い切って質問してみる事にする。
「あのう、もし訊いてよければなんですが。その役割分担みたいな事は、どういう理由で決めたんですか? つまり、お二人のどちらが子どもを産むかという事は?」
美咲がやはり、あっけらかんとした口調で言った。
「単に早い者勝ち。あたしの方が先に妊娠したの」
「は、早い者勝ち?」
目を丸くした麻里に、苦笑しながら麗子が言う。
「これも聞いてるでしょうけど、あたしはポップスとかの音楽の編曲家、美咲は美術デザイナー。両方とも昔から収入が不安定な仕事だから、子どもは一人だけにしようって決めてたの。それで、アメリカから届いた精子を同時に注入したのよ。先に妊娠した方が子どもを産む役目になろうってね」
武司がフォローする。
「でも麗子ママも、れっきとした僕のお母さんだよ。それに家事はほとんど麗子ママがやってたから、面倒は麗子ママの方に見てもらって育ったようなもんだし。美咲ママは壊滅的にそういう事苦手だったもんね」
美咲が口をとがらせて不平を言う。
「ちょっとタケちゃん、未来のお嫁さんにそんな事ばらさないでよ」
麻里は思わず吹き出しそうになり、手で口を押えた。そこからは和気あいあいと話がはずみ、麻里が自分の家族の事を、たとえば父親は平凡なサラリーマンであり母親は専業主婦である事など、を話し終わった頃には、外にはすっかり夕闇が降りていた。
麻里がその日は帰宅する事を告げ、武司が、じゃあ送って行こうと言って立ち上がると、美咲がカードを武司に渡した。
「もうこの時間だし、二人で夕食に行って来なさいよ。そのカードを店員さんに見せれば個室用意してくれるわ」
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