お母さんの二乗

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 翌週の日曜日、美咲と麗子と武司が揃って、麻里の家を訪ねた。麻里の父は休みの日なのにスーツを着こんで、母も安物の中でも一番いい服を着てかしこまっていた。  この前のような上品な服装の麗子と、派手な色のワンピースの美咲は、狭いリビングに並べたダイニングキッチンから運んだ椅子に座って、あいさつを交わした。  何度かここに来た事が既にある武司も、スーツ姿で妙にかしこまっていた。麻里も一応一番お気に入りのワンピースで、お茶と茶菓子を並べた。  しばらく経った頃、麻里の母親が思いつめた表情で突然言った。 「実はこちらにも、打ち明けておかなければならない事がございます。麻里も一緒に聞いて。麻里にも初めて話す事だから」  びっくりして武司の隣に腰を下ろした麻里を見つめながら、麻里の母は口を開いた。 「この麻里は確かに、私がお腹を痛めて産んだ、私たちの娘でございます。ですが、第三者からの、卵子の提供を受けて授かった命だったのです」  麻里が息を呑む音が、ひゅうっと汽笛のようにその場に響いた。麻里の母が言葉を続ける。 「私は卵管閉塞という生まれつきの障害がある事が、結婚した後に判明しまして。日常生活には何ら支障はありませんが、卵子が正常に排出されないので妊娠できない体だったのです。そこで、第三者からの卵子の提供で、この子を身ごもったという次第で」  麗子がすかさず、さわやかな微笑を浮かべて言った。 「今から25年ほど前ですね。ええ、ありましたよね、あの頃から、そういう話。何も気にする事じゃありませんよ。武司君は気にする? 今の話」 「まさか!」  武司も笑って応じた。 「僕が結婚するのは、あくまで麻里ちゃんであって、お母さんや、その卵子と結婚するわけじゃない。そんな事気にするわけないじゃん」  隣で麻里が両手で顔を覆っていた。衝撃は受けたが、武司たちの言葉に癒されている感じだった。  美咲も、いかにも気になりませんよ、という口調で言った。 「ええ、よくある話ですよ、今でも。その卵子はアメリカから、とかでしたの?」  麻里の母は少し宙を見上げて思い出しながら答えた。 「いえ、国内です。もう無くなってしまった所ですが、エージェント・ストークという不妊治療の団体から」  カチャンという音がした。美咲が手から紅茶のカップを落とした音だった。 「申し訳ありません。急用を思い出したので、今日はこれで失礼します」  美咲は真っ青な顔色で席を立ち、そのまま玄関へ小走りで去って行く。麗子と武司があわてて後を追うが、美咲は外で走り去った後だった。  麗子は麻里と麻里の両親に非礼を詫び、自分も一旦自宅に戻ると告げた。武司にはこう言った。 「武司君は麻里さんの側についていてあげて。何なのよ、美咲は」
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