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再びケセドの採掘船停泊所。
黒船の船内食堂には、カルロスとジュリアの二人だけがいる。
シャワー上がりのカルロスはTシャツにジーパン姿でバスタオルを羽織り、食堂の椅子を並べてその上に寝転がりつつ小型船の操縦教本を読んでいる。少し離れたテーブルではジュリアが紅茶を飲みつつ読書をしている。
そこへTシャツにパーカーを羽織った上総がやってくる。
上総、寝転がってるカルロスを見ると「勉強中ですか」
カルロス「うん。」
上総「…難しいの?」
カルロス「んー…。一応」
上総「ふぅん」と言うと「あ。カルロスさんもジュース飲む?」
カルロス「要らない」
上総はキッチンの方に行き、冷蔵庫から『自由に飲んで』とマジックで書かれた紙パックボトルのオレンジジュースを出すと、コップに注いで持ってくる。そしてカルロスの向かいの席に座ってちょっと飲む。ふとそこで食堂の入り口を見て駿河が立っているのに気づき、「あ、船長。」
食堂に駿河が入って来る。
上総「船長もジュース飲む?」
駿河「いや。要らない」と言うと上総の隣の椅子に座り、カルロスを見ながら「どんな感じですか、小型船の方は」
カルロス「覚える事が多くて面倒です。」
上総、カルロスに「小型船で稼いで、どうするの」
カルロス「どうって?」
上総「例えば大きな船を買うとか」
カルロス「んー。」と言うと「実は特に何も考えていない。」
上総「そうなの?」
カルロス「とにかく私は自由に探知して、行きたい所に自由に行きたい。あとは石茶石が採れて美味い石茶が飲めればいいかな。」と言って「とりあえず小型船持ちたい。あとは特に何も考えてない。」
上総「なんかもっと色々考えてるのかと思ってた。」
カルロス「最初は単にターさんと一緒に採掘するには小型船が無いと不便だって事で、イェソドで有翼種の小型船を買おうかと思ったが、ジャスパーに残した貯金を放置するのは悔しいって事で、戻って小型船を買う事にした。それだけだ。そしたら今なぜか黒船でイェソドに居るという。」と言い「黒船でこんなにノンビリしたの、初めてだ!」と言いうーんと伸びをすると「ついこの間までは二度とジャスパーには戻らないし黒船と会う事も無いと思ってたのにな。でも今は黒船に居て楽しい。…アルバイトだからかな。」
上総「…黒船に戻ったら?」
カルロス「遠慮しときます。でも週に何日かアルバイトだけはさせて下さい。」
駿河「…もし自由に探知が出来て、貴方が探知した所に自由に行くような黒船だったら、貴方は黒船に戻りますか?」
カルロス「…。」暫し黙ると「何ができるからとか待遇の問題じゃないんだな、本当は…。」
駿河「…と、いうと…。」
カルロス、暫し黙って目を閉じる。
駿河「…カルロスさん?」
上総「寝ちゃったの?」
カルロス「…アレを…。あの事を、言ってみるか…。」と呟く
上総「…なに…?」
駿河「何か」
カルロス「…黒船から逃亡する前、あれは…護を探知した後か。実は私はモノを食べる事が出来なくなったんだ。無理して食べても吐いてしまう。人間で言う所の拒食症って奴だな多分。」
それを聞いたジュリア、驚いて読んでいた本から顔を上げる。
カルロス「でも。そんな事がバレたらメンテ送りにされる。黒船にはもう上総がいて、メンテ送りになったら自分はもう終わりだなと。だから必死に平気なフリをしていた。吐き気がするのを我慢して食べ物を飲み込んで、後でトイレ行って全部吐くとかな。あれは辛かったなー…。あまりに苦痛で、もう『食べる事が出来ないから食事はいらない』と言おうかと思ったんだが、でもどうせ全て失うなら護の所へ行ってしまえと思って、それで嘘をついて黒船から逃げた。」と言い「あの時もし『食べる事が出来ない』と本当の事を言っていたら、どうなったんだろうか。」
駿河達は唖然としてショックで声が出ない。
駿河やっと「そんな。」と呆然として言い「それは…。…それを言う事が出来ないというのは…」と言って溜息をつくと「貴方のそんな状態に気づけないとは、申し訳ない!」とうな垂れる。
カルロス「いや。前にも言ったが貴方が船長だったから、私は逃亡できたんだ。」
駿河「しかし」
カルロス「もしティム船長だったら、私は恐らく二度と黒船には乗せてもらえない。でも貴方はそんな事はしない。…上総、どっちがマトモな船長だと思う?」
上総「駿河船長。」
カルロス「大体あの時、私も『黒船から降ろされたら終わりだ』とか思い込んでいて。何せ昔、管理やティム船長からそのように言われたからな。だから不調になっても言えない。しかし昔はティム船長は立派だとか思っていたよ。厳しさこそ愛だとか思っていたしな」
駿河「俺もそう思っていた。でもあれはハリボテの立派さだった。」と言い「人工種が40代後半で早々に採掘師を辞めてしまう理由が今、わかった…。恐怖で不調を言えずに我慢してしまうからか…。」
カルロス「前に周防が『昔は人工種は本当に短命だった』と言っていた。苦痛に対して麻痺してしまい、限界までやりすぎて、ある日突然、倒れると。」
駿河「…それよりはまぁ、貴方が黒船から逃亡してくれて良かったとは、思うけれども…。」
上総「でもどうせなら管理に反抗して船から降ろされた方がまだ…」
駿河「んー。ティム船長はそれだな。管理に反抗して降ろされた」
上総「駿河船長はそれやっちゃダメです!」
駿河「うーん…。でもなぁ…。」と言い「正直、黒船の船長として一体どうすりゃいいのか」
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