思い出はすべて…… 6-3

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思い出はすべて…… 6-3

 わたしはしばらくぼーっとしていた。三輪くんと会話をして、なんだか頭のなかの混乱が少しでも整理されたような。  お父さんはまだ帰ってきてないみたいだった。  わたしは三輪くんからもらった、国語の先生が配ったという文豪紹介のプリントに目を通した。  そのプリントはただのプリントではなかった。  一人一人、あるいは作品ごとに三輪くんの感想やお勧めが書き込まれている。  例えば太宰治については、先生の推す、いや、わたしでもさすがに『人間失格』は知っていたけど、「『人間失格』は太宰の一番最後に読むこと、屈折した文章が味わえる初期作品集『晩年』がお勧め」、そういう具合だった。  夏目漱石に至っても、「教科書に載っている手紙のパートの『こころ』ではなく、ボキャブラリーのかたまり、『吾輩は猫である』を推す」と。  とりあえず、明日、図書館に行くのだったら、どちらかを借りて読んでみよう、と思ったときだった。  ──お父さんが帰ってきた。
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