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心のなかの白地図 8-2
終業式が終わると、わたしは担任の先生に呼び出された。
わたしの担任は音楽の先生だ。
夏休み中に、どう動くか決めますと話したのだったけれど、わたしは先生に一言お礼を言いたかった。
それは、一学期に音楽の、というか歌のテストがあり、課題曲は三つあった。二つはいかにも音楽の授業で取り上げられそうな歌で、残りのひとつがベートーヴェンの第九、有名な合唱の一部分だった。
三つのどれかを選んで、と言われて、クラスメートで第九の合唱を、しかもフリガナ付きとはいえドイツ語で歌ったのは、三輪くんだけだった。
そのときは三輪くんの歌声しか頭になかったけれど、図書館の視聴覚コーナーでとりあえずベートーヴェンの第九を借りてみた。
第四楽章だけ、聴いてみたけどやっぱりよかった。
今なら、わたしもテストの課題曲に第九の合唱部分を選ぶだろう。
「それはよかったわね」と担任の埴谷先生は喜んだ。
「つらいことがあっても、音楽は磯崎さんの味方だから。素敵な音楽をこれからもたくさん聴いてみて」
はい、とわたしは答えた。
もうこの学校へは来ないかも、そう決断して話してみると、埴谷先生も悪い人ではなかった。
「これからの道をがんばって切り開いて、ね」
三輪くんをのぞけば、みんな大人なのだ。
だから中学生のときにこじらせたなにかに共感してくれるのかもしれない。
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