第2話・無邪気なヤンチャ娘

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第2話・無邪気なヤンチャ娘

          1 一条花梨(かりん)は、目鼻立ちのはっきりした顔立ちを派手めな化粧で覆うと、自分でも驚くほど別人になれた。本来は大人しい性格で、目立つことなど恥ずかしいとさえ感じていたはずなのだが、最近は心の境界線も曖昧になってきた気がする。メイクすることが、覆面を被ったかのように錯覚するから、違う自分を演じている気分になれる。 変身すると、男の視線が心地いいから見られることが快感だし、やっぱり女は口説かれないと輝けない。 「ホストが夜のカウンセラーなら、私は男を誘惑し興奮させる魔女よ。キャバクラで上手く遊び心をコントロールできれば私生活は活性化するけど、のめり込んで仕事も手につかないぐらい腑抜けになれば、人生に多大なる悪影響を及ぼすことになる」 部屋を出た時から戦闘モードの花梨は、まるで戦に向かう愛の戦士・キャバレンジャーになって、茨城県出身の田中晴子から一条花梨に変身する。 「青いお月様、背中に受けて、願いはひとつ……玉の輿」 と戦場の店へ向かい、男たちを夢中にさせていった。 花梨は二十歳でキャバ嬢になってから髪型や化粧はもちろん、性格までも社交的で明るくなった。客をファンとして意識しだすと注目されるアイドルに成りきって、乾いた木製アートにニスを塗ったかのごとく、また人気が出るたびに光沢が増していくのを自分でも感じられた。そうなるとともに自然とスタイルも変わっていった。 キャバクラに勤め出した頃は一六四センチで五八キロの太り気味の体型だったが、他人の目を気にしだすと、まずは姿勢がよくなった。すると気持ちまで変化して、野菜や果物を好んで摂るようになった。次に体調がよくなり元気になって、暇なときにはウォーキングをしたりランニングをするようになり徐々に体重が落ち始めた。こうなると勢いは止まらない。気がつくと三ヶ月で九キロ落ちていた。しかも、ブラのサイズはDカップを維持できていた。 そうして、客という挑戦者たちを迎え撃った。 「店(キャバクラ)は私の舞台、そして私はここで舞う女優……と客はみんな、私たちがそんな風に思ってるって、思ってんだよ」 二十八歳の花梨は、長い下積みを経てNO.1に上り詰めたが、天真爛漫な性格ゆえに以前は常に本音で客に接していた。そんなある日、客に罵られたことがあった。 「女はいいよな。指名してやったって、ろくに気も遣いやがらねぇ。水割り作って適当にやってるだけで、月に百万以上も稼ぎやがるんだからなキャバ女(スケ)は。それに、俺たちから吸い取った、なけなしの金品でホスト遊びしやがって」   花梨は、静かな口調で反論した。 「本当のプロの接客を受け、計算し尽くされた心なごむ会話をしたけりゃ銀座の高級クラブへ行けば? 悪いけど、うだつの上がらないリーマンさんやフリーター君が、安上がりで若い女を口説こうとキャバへ来るんだよね。尻(ケツ)触るのを楽しみに「いつか一発」という、儚い夢を見ながら。私たちをハメるつもりがしっかりハメられて、気がついた時にはサラ金に手を出し、おまけにリストラ……さらに住宅ローンで首が回らず、トドメにゃ離婚と自己破産。その頃には、私たちも金持ちのボンボンGETしてハッピージュエリングかもよ。来世に賭ける?」   涙を浮かべる客に、さらに容赦しなかった。 「ただしいっとくけど、私にとってホストは単なる遊び相手。女に生まれてきたからには色んないい男と知り合いたいしぃ」   歯に衣着せぬこんな調子だから、悪評が立ち美貌の割には人気がなかったが、年齢とともに現実に気づくと接客内容も変わった。   懇々と説教をしてくる客に対してもそうだった。 「どうして、こんなところで働いているんだ。親が見たらどう思う? 巧いこといって客をその気にさせてハメてるんだろうけど、俺は絶対騙されないから。人として女として、俺がお前を教育し直してやる」 という宮川に、花梨は従順に訊くふりをした。すると心地よさを感じたのか説教の回数が増えた。つまり、ハマってしまったのである。 また金持ちに対しては、充分な見返りを得た上で肉弾接待も辞さなかった。 ただしそれは、本当に男として付き合える場合のみ。不倫や肉体(からだ)を売るようなマネはしない。 それ以外の客には、思わせぶりな態度と笑顔で惑わせた。 「私たちはパチンコの台と一緒なんだ。出そうな台ほど出ない。つまり、ヤラせないんだよ」 毒舌でしかも好奇心旺盛な花梨は、愛用しているバイブで、火照った肉体を慰めて欲求とストレスを解消するという、性に対しても貪欲であった。 「病気や妊娠の心配もないし益々感じやすくなるから電動(バイブ)の刺激を知ると癖になるけど、やっぱり好きな男に抱かれたぁい」         2 花梨は執拗な客には、それなりの報復を課した。 ストーカーまがいに付きまとう管理職のサラリーマン、前川誠太郎がいた。 前川は四十五歳の独身で、お腹の脂肪が貫録を増すとともに、頭部が薄くなってきている。ここらで美女を娶るというサプライズがなければ、一生独身か同年代の売れ残りしか相手にできない焦りが見える。さも、キャバクラ嬢との結婚が人生最大の目標で、標的は花梨であるかのようだった。 前川は純粋に求婚するあまり、しつこく部屋までつけてきたり、一日のメールや電話の数も二十回以上に及んだ。花梨が浮気してないか、心配のあまり信用できないのだ。いつも居場所を訊いてくる。猜疑心の塊だったが、花梨からすれば「私を信用していない男を何で信用できる?」ということになる。 花梨は、出勤するときに部屋の前で張り付いていた前川に抱きつかれた事件があったが、警察に通報することをちらつかせながら窘めた。 後日、そのしつこさに遂に屈した花梨は、アフターという課外授業に付き合うしかないと芝居を打つことに決めた。アフターとは店が終わって食事を供にすることで、それが客の一番の目的である。 花梨にとって仕事が終わった後に外で客と時間を過ごすことは、サービス残業に他ならない。 しかし客にしてみれば、仕事が終わったキャバクラ嬢は一番気が緩んでいるときでもあるし、ホテルへ連れ込むには絶好期であるという思いなのだ。 「そんなに私とホテルに行きたいんだったら、今日だけ付き合ってあげる。 ただし、そこで変な期待はしないでね」   花梨は決して目を合わせずに、静かに呟いた。 前川にしてみれば、ここで会ったが百年目ともいえる千載一遇のチャンスと決意したに違いない。水割りを飲む彼の目が生き生きと輝いている。射程距離に入った花梨を必ず撃ち落としてやるという覚悟だ。 ホテル街を迷走していたタクシーから降りた二人は、その一室に入った。 やはり前川は部屋に入るなり強引に抱きついてきた。無理やりキスしようと、酒臭い口を押しつけてくる。 「花梨ちゃーん」 肉迫する前川の脂ぎった大きい顔を、両手で拒んで払いのける花梨も身を守るために必死だった。前川の、白くて分厚い頬肉は新しい髭が生え出していた。押し退ける掌に、痛くて心地悪い刺激が伝わってきてしまう。 「助けてぇ」 ドアの入口付近で花梨が叫ぶと、後をつけていた彼氏であるホストの愛原が部屋に入った。 眉を吊り上げた愛原は、色白の顔を赤く硬直させて叫んだ。 「てめぇ、俺の女に何しやがんだ」   いきなりの怒号に、目を見開いて驚いたような前川は絶句した。 愛原はまずスタンガンで前川を気絶させて紐で縛ると、次に花梨をベッド上に押し倒した。 「あっああ~ん」 花梨の黄色い喘ぎ声で、前川は目を覚ました。身動きがとれない前川は、もがくほどに紐が体に絡みついてくるようだ。前川にとっては夢にまで見たであろう花梨の美巨乳が弾き出されて、ピンク色の乳首が露わになった。 すると、愛原は乳房にむしゃぶりついた。 次の日、アソコが痛くて歩けないぐらい激しく優しく、永く愛されたいの……と、哀願してやまない花梨の一糸まとわぬ裸体が彼に貫かれたとたん、花梨は甲高く悩ましい声で鳴いてみせた。 「いいいいーっ」 縛られたままの前川は、耐え切れぬように苦悶の声を絞り出した。 「ううっ、止めてくれ」 嫉妬絡みの、前川の視線を感じとった花梨は底なしの欲情に火を点けた。 ストーカーに地獄を見せてやりたかった花梨は、ときおり横目で見ながら、これ見よがしに痴態を見せつけた。自ら四つん這いになったり、仰向けになってM字開脚をしたりして、愛原を迎え入れてみせた。 今度は強引に愛原の上に乗ると、騎上位で無我夢中に腰を動かしながら快楽の絶叫マシーンに乗ったかのごとく興奮した。 「当たる、アタル……子宮に突き刺さって、頭の中が真っ白になるぅうう~」 すると前川は、桃色の地獄絵図を見せつけられたように悔し涙をにじませた。 苦しむように身体をくねらせて、やっと紐を振りほどいた前川は、嗚咽を漏らしながら部屋を出ていった。しかし二人には全く蚊帳の外の光景で、あくまで濃密な愛の世界に浸っていた。 情事の後で、花梨は愛原が務めるホストクラブへ同伴した。 花梨には、ホストクラブに通う理由があった。 「水商売の接客で疲れた心と身体は、同じ世界の男でしか、同じ匂いの空間 でしか、同じ心の傷を持つ男でしか癒せない。だからサラリーマンじゃ駄目 なの」と、非日常的な仮想恋愛空間に身を沈めることが心地よかった。 花梨は男運が悪かった。 それは男を見る目がないことと無関係ではないと、彼女は自覚していた。 針が身を刺す心地よさっていうか。 おそらく、ホスト遊びとは麻薬みたいなものだと花梨は思う。やっちゃいけないのは分かっているけど、気がついたらまた嵌ってるみたいな。 麻薬と恋愛は大同小異……つまり、似たり寄ったり。依存度が高くなるほどに自滅に追い込まれるのである。水商売とはそういう色恋を武器にしているにもかかわらず、自らのめり込んでしまう。 精一杯接客をしてお客さんを夢中にさせて、それを元手にホストに通う…… ミイラ取りがミイラになるってこういうことなんだな。 【第2話・完】
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