第5話・キャバ嬢口説き術(その3)

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第5話・キャバ嬢口説き術(その3)

今日パチスロで大勝ちした今井雄太郎は、競馬や宝くじ、パチンコなどで人生の逆転を狙っていた。 五十路にして独身であり実家で両親と同居している彼は、アルバイトで得た給料のほとんどをギャンブルに投資して、たまに勝てばキャバクラへ歩を進める日々である。   ギャンブラーも度が過ぎると、洋服や外見には投資しない。たとえ虫歯や病気になっても、ほったらかしにしてまで賭け事の資金に回すようになる。 今井も御多分に洩れなかった。前歯は欠けてスーツも一張羅、靴も履き潰したままだった。好色だけれど、体から溢れ出る雰囲気はセクシーというより助平といったほうが似合っている。 花梨には、そんな彼の歴史や実情が量れた。 「今までの人生で何の達成感も得たことがない今井さんだから、必要以上にギャンブルに嵌るんだよね。勝つことで脳内から快感物質が出て、その興奮が忘れられないために負けてもやられても懲りないんだよね」 「どうしたらいいだろうな? 俺にとって、競馬は男のロマンなんだ」   困ったように訊いてきたけど、花梨には心底悩んでいるとは思えなかった。 なぜなら、大事なお金をギャンブルで擦るのは勿体ないし考えられないからだ。 ホストのなかにもギャンブル好きがいるが、その軍資金は貢がせた金で、汗水働いて得た金とは別ものである。   かわいい馬が、欲をむき出しにした男のロマン? 花梨は、素朴な疑問を今井に投げかけた。 「畜生の競争に順番つけて何が面白いの? 他の趣味や生き甲斐を持つと、ギャンブルに嵌りにくくなると思うよ」といいつつ、彼女は思った。 それ以外に依存症の原因がある……泡銭に頼らなければ楽しめない人生だから、辞めたとしても何もないのだ。 花梨は同様に、キャバクラやホストに陥る場合も同じに感じられた。 つまり他にやることがないのである。たとえあったとしても、夜のクラブ活動を覚えてしまえば、それが一番になってしまう。 呑むということは酔うこと、そしてその隣に自分好みの異性がいれば、自然とそこから芽生える色恋と欲望がアルコールの効果も手伝って理性を失わせてしまうが、思い通りにいかない矛盾(ジレンマ)と溜まる欲求不満(フラストレーション)を通り越した……つまりは、本気と遊びの間で恋愛ドラマよろしく、主役を演じられる妄想型恋愛に客は満足なのである。 そんな淋しさを紛らわしてくれるホストクラブへ通う花梨は、今井を見ることで身につまされた。が、彼女は自分を正当化した。 女だから恋愛が一番で、キャバ嬢だから擬似(なんちゃって)恋愛が仕事だぴょン。   今日の今井は酔いながらも真剣だった。赤らめた顔とは裏腹に、睨むような目は鋭くて怖い。 「花梨、今度の日曜日に会いたいな。何でも買ってやるし、寿司でも焼肉でもフレンチでも……何が食べたい?」 「だって私、まだ今井さんのことまだよく知らないし……だから、時間をかけてゆっくり口説いてね」 花梨はキャバクラ心理学に興味があって、関連本などを熟読していた。 【心理学者によると、キャバクラ嬢は特定の人物(きゃく)との接触回数が多くなるほど好意を抱くようになるらしい。 第一印象(ビジュアル)が大切であることはもちろんだが、彼女たちは日々男性客を相手にしているために、決してイケメンでブランドに身を固める必要はない。女の子が生理的に受け付けない場合は諦めるしかないが、最低限の清潔感をクリアしたなら、内面的な自分なりのよさや個性をアピールしつつ焦らずに時間をかけて信頼を作っていくことが大事だからだ。 ただし、いくら通い詰めて接触回数が多くなったとしても、嫌いな客は好きにはならず益々嫌いになるが、それは職場の嫌な上司と置き換えれば納得がいく】 花梨はそんな客の心理を、自分がホスト通いをする遊び心に置き換えて参考にしようとしたが、基本的にキャバ嬢とホストでは異性に対する同じ接客業とはいえ、まったく意味が違うことに気づいた。なぜならキャバクラでは客(オトコ)は女を口説きにくるが、ホストクラブは必ずしもそうとはいえない。 やはりホストは接客をしながらも、客(オンナ)を猟(ハント)する立場にあるのだ。 しかし、花梨を落とせない今井はヤケ酒気味にボヤいた。 「それにしても、客は金がかかるよな。秋の空にたとえられる女心が、なびくかどうか分からない……キャバクラ遊びもギャンブルだぜ」   やはり、彼はギャンブラーなのである。   ギャンブル依存症は《衝動制御の障害》、つまり病気である。勝負に勝つと、脳内麻薬の興奮作用があるドーパミンが出て快楽を得られるが、その後セロトニンという癒しのホルモンによる満足感でブレーキが掛かり通常は依存症を回避できる。しかし必要以上に刺激を受けた場合は、興奮状態が脳を支配し続けて同じ快感を再び得ようとするために、結局は止められないのだ。 キャバクラでは、若い女の子と呑んで得られる淡い誘惑と癒しの空間や、キャバ嬢たちに格好つけたり自慢したりすることでプライドを満たせられる。 さらに、あわよくば指名キャストを自分の女にできる錯覚が、男にとっての強い刺激になる。 花梨は、そんなキャバクラ遊びを止められない客の心理を逆手にとりながら、男たちの遊び心を満たしていった。 気まぐれな花梨は、時には客席で何にも考えないことがあった。特に仕事の話や自慢話をされると、相槌は打つが心ここにあらずとなる。 そうと知らない客は、一方的にまくしたてた。 「俺さぁ、昔ホストやってたんだけど五百人はヤッたな。色んな国の女ともヤッたけど、大和撫子は水を弾くように肌理が細かいし、やっぱり和乳が一番だね。全盛期は、もう女から追いかけ回されて大変だったよ。そんな俺のテクはさぁ……」 「凄ぉ~い」   しばし耳を傾けたふりをして、客のひとりよがりな話の合間に笑顔で頷いてみせた花梨は、五百人? センズリ扱いた女の数だろ。そんなことより……溺愛している犬のことで頭が一杯になってしまうのであった。   花梨は、この男の名前も覚えていなかった。人となりに興味が持てないから全てにおいて関心がない。当然彼の話も、左から右の耳へ抜けていく。 それにホスト崩れのような勘違いは嫌いだった。ホスト遊びが好きといっても、ホストが好きというより接待される空間が好きなのである。騙そうという意思は、キャバ嬢よりホストのほうが強いから、その分楽しませてくれる。 「いらっしゃいませ。ありがとう御座います」 花梨には初めて見る顔であった。 「俺ぁ、木崎ってんだ。ヨロシク」 堂々とした彼はニヒルに笑った。 少しワルっぽくていい男だった。そんな彼に仕事を忘れそうなスリル感を覚えつつ、嬉しさが込み上げた花梨は体を密着させて座った。 名刺には《トータルクリエーター・木崎英二》と書いてある。 濃紺で粋なダブルのスーツにノーネクタイというラフな格好の木崎は、咥え煙草でテーブルに置いてある二十万円のブランデーを見せつけた。ハウスボトルが呑み放題のキャバクラだが、売り上げは給料アップにつながるから客としても魅力である。 金も持ってる。超タイプ……と花梨は、スリルにドキドキ感が加わって胸を押さえた。 「お前が一条花梨か。写真で見るよりいい女だな、気に入ったよ」 木崎は、花梨の凹凸の肉体を目で舐め回した。 青年実業家で、海外のブランドや装飾品(アクセサリー)を輸入しては代官山のブティックやインターネットで販売しているという木崎は、百万の札束で花梨の胸を叩いた。 「これ、手付金だ。月いくらあれば生活できるんだ?」 さっそく愛人になれといわんばかりの口調に、花梨は逆にその札束で客の頬を叩き返した。外見と雰囲気がタイプな分だけ、裏切られた感情が湧き起こって突き放す力も強かった。 「未熟な金玉はすぐ放出したがるんだよね。およそ待つということを知らない。女心は単純じゃないんだ。金品を使おうにも口説き方っていうのがあるんだよ。金ばっか使っても頭を使わんと、チンチンも使えないっちゃ」 言い放つと同時に背中を向けるより早く、席を立った。 新人スタッフの佐藤が、一見して自由気ままに接客しているように見える花梨がなぜ、NO.1の指名が取れるのか疑問なのを店長に訊いたことがあるらしい。やはり、不思議そうに木崎の席を向いたまま立ち尽くしている。目が点になっていた。   そこで、ちょうどいい機会と感じた花梨は佐藤に答えてあげることにした。 「無邪気な接待をする私が、NO.1の意味を教えてあげようか」 いきなり声を掛けられた佐藤が少し驚いたように花梨を見た後で、真面目な顔をして頷くと、彼女は理由を明らかにした。 「指名が欲しくて躍起になるキャストほど取れないの。「ヤリたい」と、切に願うと下心が丸見えになる客と同じパターンだからね。でも、他にも可愛い女の子は一杯いるから競争率は激しい……つまり、容姿とは違う魅力が必要なんだ。それは客を引きつける個性であり、目には見えない話術と雰囲気とサービス精神だったりする。それらが癒しに繋がるから、心地よさを感じた客は病みつきになるんだと思うよ、きっと」 「なるほど、有難うございます」 畏まりながら微笑する佐藤は、一応了解したように二度三度と首を縦に振ったが、実際のところは何も分かっていないのではないか?  なぜなら、言葉を理解してもその意味を把握することが困難なのは、准教授である小林氏を見ても順応できていないことで分かる。やはり、頭で反応することと恋心という気持ちは似て非なるもの。 しかし難しいことをあれこれ考えてみても、結局花梨にとっては、自分が通うホストクラブでの体験話に過ぎなかった。   でも花梨がNO.1なのが不思議だ。なんて失礼じゃない?  いろんな要素を話したけど、一番の理由は可愛いからに決まってるっしょ! といいたかったけれど、彼女は言葉を呑んだ。          4 閉店十分前になった頃、政也・翔・怜次の三人組が来店した。金融屋に勤める彼らは、アフター狙いで花梨を指名した。 【つづく】
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