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開いた電車のドアからは、明るい昼間の景色が広がっていた。その隣の窓には、変わらず夜景が映っている。
どうなっているんだ?
戸惑っている僕の手を引いて、少女はドアからホームに降りた。
続いて僕も、不審に思いながらホームに降りる。ホームには誰もいない。
周りを見回すと、コンクリート製のホームは砂の上に建っていた。そこは砂浜だった。
広がる砂浜、その先には海が広がっていた。
「何で海が見えるんだろう。ここには海なんて無いはずなのに」
不思議そうに呟く僕に少女は答えた。
「憧れがあなたに海を見せているの」
「憧れ?」
「そう、あなたはずっと海なし県で過ごしてきたから、海に憧れがあるの」
「そうかもしれないね」
素直に納得する僕に、無表情から一転して少女はクスッと笑った。右側の口角が少し強めに上がる、ちょっとクセのある笑顔だ。それはそれで、特徴のある素敵な笑顔だった。
「あれ、見て」
少女に促されて少し離れた砂浜を見てみるとそこにはサッカーのユニホームを着た高校生らしき男子が数人、ボールを蹴ったり、じゃれあったりしながら遊んでいる。みんな楽しそうだ。
「あなたの知り合い?」
「うん、僕の友達だ。高校生の頃、サッカー部
だったときのチームメイトだ」
そうなんだ、と興味なさそうに少女はうなづいた。構わず僕は続けた。
「社会人になった今でも、時々みんなで集まったりするんだ。僕の大切な友達だ。でも何故だろう、みんな高校生の様に見える・・・」
おーい、と大きな声で叫んで手を振ってみた。でも特に反応は無かった。見えていないのかな?
さらに大きく叫び手を振った。やはりみんな見えていないかのように、聞こえていないかのように、ボール遊びに夢中になっていた。
あの頃のみんなには、今の僕は見えないのかな?わかってくれないのかな?
わかってくれない?何を?
「ここにはあなたが駅で降りられなかった理由は無いみたいね、行きましょう」
そう言って少女はホームから電車に乗り込んだ。続けて僕も乗り込む。
それと同時に、まるで見ていたかのように、ドアが閉まった。そして、ゆっくりと電車は走り出していく。
僕たちは隣同士で席に座った。車内には誰もいない。車窓からは、初めて見る見慣れない夜景が光の筋となって流れていった。
走り出した車内で、少女は手持ち無沙汰のように、足をぶらぶらさせていた。やはり靴は履いていない。
「どうして靴を履いていないんだ」
僕の問いに、少女はクスッと癖のある笑顔を浮かべた。
「忘れちゃった」
忘れちゃった、何を? 靴を何処かに忘れたのか? 靴を履いていない理由を忘れたのか?
疑問が頭の中をぐるぐると回っているうちに、電車がスピードを落とし始めた。
「もうすぐ、次の駅よ」
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