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「怖いんだ、いろんなことが変わっていくことが・・・」
和弘は黙って僕の話を聞いてくれた。
「今が幸せだからこそ、それが変わっていってしまうのが怖いんだ」
何も言わず、和弘は僕を見て頷いた。あの頃と変わらないその仕草に、僕は少し安心して話を続けた。
「当たり前だと思っていた日常は、全然当たり前じゃなくって、簡単に無くなってしまうんだって知ったから」
夕焼けにホームが赤く染まっていく。悲しそうな表情で、僕の話を聞いていた少女の白いワンピースも赤に染まる。
「そして大切なものを無くしても、何も変わらず日常は繰り返し、過ぎていくんだって」
僕達を乗せて走ってきた電車は、ホームに停まったままだ。発車するような気配もなく、ドアも開いたままだ。
この電車はいつ発車するんだろう?そんな事を頭の片隅で思いながら、僕は話を続けた。
「大切なものはいつでも、簡単に無くなっていく気がして。無くならないように、必死に握りしめても、指の隙間から溢れていく砂の様で・・・」
そんな僕の言葉を、和弘は遮った。
「それでも握りしめていれば、一粒でも砂は残るだろう。残った砂粒を大事にすればいい。そんなもんだろ、日常とか、人生とかって」
和弘はニカッと笑った。
相変わらず、お前いつでも言う事がクサイ。かっこつけすぎ。でも、お前の言葉に何度も励まされ、何度も救われた。お前が亡くなってからも、こうして励まされている。
単純な僕は、和弘のクサイ言葉にいつも背中を押されていた。もう、1人で歩かなきゃいけないのに・・・。
遠くから電車の発車のベルが、悲しく鳴り響いた。まるで讃美歌のようだった。
「もう行けよ、帰れなくなるぞ」
和弘はアゴで電車に乗るように促した。気付くと少女も僕の隣に来て、僕の手を引く。
「和弘、会えて嬉しかった。ありがとう。もう、大丈夫だ」
「あんまり世話を焼かせるなよ」
「うん。また、いつか」
「ずっと、先でいいよ」
軽く手を振る大切な友人を背に、僕と少女は電車に乗り込んだ。直ぐにドアが閉まる。
ドアの窓越しにベンチを見ると、そこにはもう和弘はいなかった。
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