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ねえ、覚えている?
どこからか聞こえてきた声に、僕は顔を上げた。仕事が終わり、疲れた身体を引きずって乗り込んだ帰りの電車。帰りのラッシュの時間も過ぎ、始発のターミナル駅から一時間近くも乗っている為、車内の乗客の姿もまばらになっている。
「ねえ、覚えている?今日が何の日だか?」
僕が座っている座席の正面に、いつの間にか少女が座っていた。そして気が付くと周りには乗客は誰もいなくなっていた。
僕は少女を見た。肩まで伸びた黒い艶やかな髪。白い肌、白いワンピースが、車窓に流れる夜景の暗さに浮かび上がるようだった。
何でこんな時間に、小学生ぐらいの少女が一人で電車に・・・
「覚えてないの?今日は何の日か?」
靴も吐いていない白い素足をぶらぶらさせ、無表情のまま、少女は僕に再度聞いてきた。
「覚えているよ。忘れられる訳がない」
「じゃあ何で、さっきの駅で降りなかったの?あなたが降りるべき駅は、さっきの駅じゃないの?」
「うん、そんな事はわかっている。でも降りなかったんだ」
僕はゆっくりと首を振った。
「違う、降りれなかったんだ」
「どうして?」
「わからない・・・」
僕は再度、ゆっくりと首を横に振った。
降りなかった理由なんて、本当はわかっている。でも、認めたくない自分がそこには居た。
電車はゆっくりとスピードを落とし始めた。次の駅が近づいてきたのだ。
「じゃあ、降りれなかった、その理由を探しに行きましょう」
電車は駅に到着して、厳かにドアを開けた。
少女は前の座席から立ち上がり、そして僕の手を握り、乗降口へと促した。
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