(違)和室にて

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「……転生? ということは」 「ええ、あなたは死にました。記憶にあるかはわかりませんが、交通事故でした」 「ああ……」  その瞬間、まざまざと蘇る光景――と言っても、最後に焼き付いた記憶は、横断歩道と車のアクセル音。高校への登校中だったと思うが、まさか車に轢かれてそのまま死ぬとは……。よく見ると俺が着ていたのは学校の制服だった。体も含めて汚れや傷といったものは見当たらないが。  差し出された湯呑を一口すする。鼻をくすぐる少しスパイシーな香り。胸から腹に伝わる温かさ。女神がとても綺麗であるということもあって、その美味しさも三倍増しに感じる。 「ちなみにトラックに撥ねられました。これは転生ポイント高めですよ~、だから選ばれたのかも……あ、意外と落ち着いています?」 「実感がないだけで……こうして五体満足でここにいるわけだし」 「そうですか。まあぐちゃぐちゃの身体でここに呼ぶわけにもいきませんから、そこはサービスです。それで早速ですが、あなたには選んでいただきたいのです」 「選ぶ?」 「ええ。先ほども言いましたが、転生の権利をあなたは手に入れました! これまで生きていた世界に戻るのも良し、全く新しい世界に一歩踏み出すも良し。ご自由にお選びください。あ、ボディは人間態限定ですのでご注意を!」  状況の半分も把握できていないが、この自称女神曰く、俺はどこぞの世界に転生できるらしい……信じがたいが。 「……転生なんて、漫画の世界みたいだな」 「イメージはそれで合っていますよ。あなたのこれまでの記憶を引き継げる、なんて都合のいいことももちろん可能です」 「都合良すぎないか? そういう話を聞くたびに思っていたけどさ」 「私もそう思います。もしかしたら、あなたの世界に転生した人がこの仕組みを伝えて広めたのかもしれませんねえ」 「女神サマが和装の外国人ってのは初耳だったけど」 「これは私の趣味です。いいですよね、この世界の衣服はとっても綺麗」  両手を上げて袖と袂を見せつけてくる女神。頼んだら別の世界の衣装でファッションショーとかもしてくれるのだろうか。 「あの、それで考えてくれましたか? いつまでもここにいてもらうわけにもいかないので……」 「転生、ですか」  周りを見渡してみる。今更気付いたことだが、この部屋には障子や床の間があっても襖――つまり入り口や出口にあたるものが、ない。 「……もう少し詳しく説明ってしてもらえますか?」 「もちろんです! 文字通り今後の人生に関わることなので、しっかり考えてくださいね」  女神は明るい調子を崩さずに、俺の湯呑にお茶を注ぎ足した。いつの間にか、空になっていたらしい。 「あっ、今ならプレ転生もできますよ」 「プレ?」 「体験ということですね! 流石に赤ん坊のころというわけにはいかないので、転生後のワンシーンのみになりますが。もちろん体験なので、お好きなタイミングで戻ってこれますよ」  それは……何だか面白そうではある。ノーリスクで異世界の一端を覗くことができるなら、是非ともプレ体験とやらをやってみたいものだ。 「じゃあ、そのプレ転生とやらを頼む」 「オッケーでぇす!」  俺が頷くと、女神は片手の人差し指をくるくると回した。  もしかしてそれは魔法か奇跡を起こすためのものだろうか。その指先を見ていると、不思議な浮遊感が身体を襲い――。 「後悔……はするでしょうね。どうせ」
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