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恋人との距離感
ホテルでの一夜が明け、悠と花は車に乗っていた。
「ダメっ」
繰り返される会話に花はもう悠の方は見ることをやめた。
「何で? 仕事終わる時に迎えに行くって言ってるだけじゃん」
「だって、そのままうちに来るつもりでしょ? 」
「当たり前じゃん。何が悪いの? 」
悠は花の方を見ながら運転席の背もたれに肘をつけ、それを利用して器用に頬杖をついている。花をじっと見る目は鋭かった。
「そんなに毎日……ずっと一緒にいるなんてさ……」
悠の視線が痛い。
「何がいけないの? 付き合ってるのに」
納得のいかない悠は不機嫌そうな顔で花を見ている。花の中には過去の恋愛の苦い思い出が蘇ってきていた。
「俺と一緒に居たくないの? 」
ホテルを出る前、悠が溜まっていたメールを見ながら顔を曇らせていた。ホテルから出た後、花から距離をとって小さな声で電話をしていた姿が元彼の修と重なっていた。
「そう言うわけじゃ無いんだけど……」
「誰と電話していたの? 」とは聞けなかった。付き合い始めだから? もしかしたら、このままずっと言えないかも知れない。
「じゃあ何? 」
恋は結局、好きな人ができて想いが通じ合った時がピークな気がする。それは手に入れたら、つまらなくなると言うものではなくて、人はどれだけ愛しい人とそばに居たって、慣れてくれば喧嘩もする。歪み合い、疑い、憎しみ合うことだってある。そして最後は別れを迎える。それに例外はなくて、年老いて添い遂げた夫婦でさえ、死と言う別れが来る。勝手なことに、手に入れたい。と願い、叶ってしまえば、今度は失うことが怖くなる。
「花? 」
疑い続けた恋をしていた。失った恋が何度もあった。それは自分から手放したものや、手放されたもの。傷付いたことだって何度もあるのに、出会わなければ良かったと思ったことはない。それはやっぱり想いが通じ合った時、とても幸せだったから。
「……会いすぎると……飽きるとか言うし……」
「飽きる? 花は飽きるの? 」
それでもやっぱり恋をしてしまうのは若かったからで、だけど7個も年下の大学生の男の子と、アラサーに足を踏み入れる自分。昔のように簡単に喜べなかった。また裏切られたら? 30くらいになって若い女の子に乗り換えられてしまったら? さっきの電話の相手が彼女だったら?
「違う……そうじゃない。飽きるわけない。だけど……」
「じゃあ何? 」
悠は大学生。遊び相手などいくらでもいるし、言い寄って来る子だって多いだろう。
自分ばかり想いが強くなって行ったら、また多くの物から目を逸らし、心を閉ざしながら好きな人と向き合わなければならない。そしてまた疑う日々が始まる。
「……だから……」
追いかけたくない。恋をして泣くのが怖い。傷付きたくない。体を重ねた後に急に戻される現実。だけどきっと若い悠には分からない。花は言葉を詰まらせる。
「俺はずっとお前と居たい。どうしたらいい? 」
悠が苛立ちを抑え込んで、低い声で花に聞く。車のエンジン音がやけに耳に響いていた。
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