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「怖い」と伝えたところで「何が」と言われる。
それは至極当然で、悠は花に対して何もしていない。花の経験がそうさせているだけで、もしも他に好きな子が出来たら。もしも浮気をしたら……
こんな「たられば」を言われて悠は、どうしたらいい。自分はただの重くウザい女なだけだ。
「俺……分からないよ。花のこと。俺が何かしたの? 」
「違う。悠は何も悪くない……」
過去の恋を話し、こんな経験をしたから「怖いのです」そう言ったところで「大丈夫」と言うだろう。そう、恋は最初は無敵だから。本音を言えば、欲に浮かれて毎日だって会いたいし、ずっと触れ合っていたい。だけどもうすぐ自分は27になる。四六時中、セックスをして浮かれすぎるには少しばかり大人になった。この熱が続かないことを知っている。大学生の悠にこの気持ちは分からないだろう。そもそも、それを伝えて何になる?
これは単なる独りよがりの被害妄想。悠は何も悪くない。
「もういいよ……分かった。送っていく」
悠の突き放すような言い方に花は何も言い出せなかった。悠はシートベルトを引っ張って運転席に座り直し、車を発進させる。
「ごめん。違うの……一緒に居たいんだけど……」
続く言葉が見つからない。振り回される事が怖い。飽きられる事が怖い。傷付く事が怖い。1人で生きていけなくなる事が怖い。
勝手な自分の自己防衛が行き過ぎていて、呆れて思考も回らない。
「……もういい」
そう言って、悠は花のアパートの前に車を停めた。まつ毛の一本一本まで鮮明に目に映っていた距離。何も疑わず愛し合った時間。呼吸が一つになるような唇。今はもう目すら合わない。
悠が飽きるまでのタイムリミットは始まって居るのだろうか。甘い時間が多いほど、振り幅も多くなる。いつからこんなに恋に臆病になったのだろう。走り去っていく悠の車を未練がましく見ていた。悠が本当に誰とも付き合わず、ここまで来ていたのならば、それがどれだけ真っ直ぐで純粋なものなのか自分は知っている。
中学生の頃、初めて付き合った相手とは真っ直ぐ過ぎて痛々しくて、今日のこんな空のように曇りのない思いだけだった。
恋を知って、幸せも知って、痛みも知って、裏切りも知って、別れも知った。天秤に乗せてみたら、幸せより私は傷が少し多いのかも知れない。だけど、それは悠には関係のないこと。穢れのない悠が羨ましく思えた。
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