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西園寺悠
壁ドンばーん!
男が壁に手をつき、熱い視線で女を見る。
「俺と付き合え。嫌とは言わせない」
胸がきゅーん!
女は両手をぎゅっと握りしめて、上から覗き込む男の瞳に酔いしれて目を潤ませる。
こんなドSな告白で全て上手くいくとは限らない。
ハイスペックな大学生、西園寺悠19歳は、カフェの店員、神谷花26歳に恋をした。
「いらっしゃ……」
「おい。お前俺と付き合え」
花の言葉を遮り、悠はガラス張りの扉の前に立ちはだかる。仁王立ちに近い。
店内はランチタイムの真っ最中。お客で溢れ返る中、行列がどれだけ続いていても、悠は誰の目も気にならない。
「……はい? 」
花は当然のように聞き返す。気のせいかと直ぐに思考を立て直し、営業スマイルで返す。そうか、待たせてしまったせいで、このお客様はお怒りなのだと思った。
「大変お待たせ致しました。お客様。すぐにお席へご案内いたします」
何も聞こえない。空気は何一つ変わっていない。悠は眉一つ動かさずに
「返事は? 」と聞き返した。
花は突然現れた男に戸惑った。
背が高く、すらっとした体型に髪の毛はおしゃれパーマ。透明感のある肌に二重のくっきりした目。筋の通った鼻。薄く形の良い唇はほんのりピンク色で、言うまでもなく格好いい男だった。
そして「あら! 格好いい男の子」と頭をよぎったのは束の間で、気が付けば花は周囲の注目の的になっていた。
「へ……返事? お客様……お忙しいお時間の中、当店へお越し頂いたにも関わらず、大変お待たせいた……」
「違う! 俺はお前とここで会う為に一週間以上時間を費やし、今日ここに来て、34分40秒待って、ようやく店内に入れたことを謝罪して欲しいのではなく、告白の返事だ」
「コクハク……」
告白と言うものは、どちらかが相手に想いを寄せて、最初は見ているだけで良かったはずなのに、もうこの想いを知って欲しい。もう胸の内だけに、あなたへの想いを留めておくなんて出来ないわ。あなたへの想いが溢れかえって窒息死しそう。そう、そうよ。これはもう愛しいあの人にこの沸るような想いを伝えなければ。そして、あわよくば、私の想いが通じて、お付き合いが出来ればどれだけ幸せだろう。今日私はあなたに告白をするの。の告白だろうかと花は考えた。
「そうだ。俺と付き合え。いや、返事は分かっている。ただ、はい。と幸福に満ち溢れた笑顔で言えばいいだけだ」
初めて対面するイケメンの怪奇な台詞と、周りからの好奇な目に花は耐えきれず、ふとフラッシュモブでプロポーズをされている人の動画を見た時の気分が舞い戻った。
「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので……失礼致します」
白いさらっとした品のいい生地のシャツを着た悠の腕を強引にガッと掴み、花は店の奥にある席へ連れて行く。半ば強制的に悠を椅子に押し倒すような勢いで、ソファー席に座らせた。
「ははっ。なかなか強引だなっ」
悠は整った顔を綻ばせる。
何を喜んでいるのだ。と花がイラッとしたのは言うまでも無い。
「お客様。ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお知らせ下さい」
何かの間違いだ。そう。そもそも、こんな若いツルッとした男の子が私に好意を寄せている? もしかしたら罰ゲームかも知れない。ここで浮かれて喜んだら、鼻垂らしたカメラ小僧たちがスマホ片手に「おばさんが喜んだー。お前みたいな一般人と俺が付き合う訳ないだろ」とか罵詈雑言を浴びせてくるかも知れない。
気心知れたスタッフの仲間たち。ランチタイムで溢れかえっている店内のお客様たち。ここで、そんな仕打ちをされたら私はもう生きていけないと花は思った。
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