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守護霊には逆らうな
第1話
割と規則正しい生活を送っていたので、殿町雄造はいつもと同じ時間帯に目が覚めた。
じめじめとした初夏の朝6時、いつもにはない気持ちよい朝である。
しかし、身体を起こそうとしたら、ふわりと身体が宙に浮いたような感覚を覚えて、空に昇る天使の世界に昇っていくような気分だった。
何かの前兆ではないかと思えるほどである。誰かにさっきからずっと覗かれているような気がしないでもない。
しばらく、ボーッとしながら、枕もとのスマートフォンの電源を入れてニュースをながめていた。
今日は仕事ではないが、それに関連した作業をしようと思っていた。
しばらくしてから気合いを入れて全身起き上がると、まずは洗面台へ向かった。
雄造は顔を洗ってから、ひとつ大きな息をついて、シャワーを浴びようと衣服を脱ぎはじめた。
浴室に入って蛇口をひねると、次第にお湯が肌になじみ気持ちよさを感じるようになった。
いいお湯加減になったので、頭からお湯をかぶろうとすると、したたり落ちるお湯と湯気の向こうから現れたのはでっぷりとお腹の張った布袋様のような男。
その男が何やら上から目線で物を言っている。どうも聞いていると、今日の行動はよほど気をつけたほうがいいとしきりに忠告しているのだ。
「わかるかい? ワイの言うことは聞いておいたほうがいいよん。不吉な予感がしてしょうがないね。あんたを見いてるだけで、一日の様子がわかるんだ。今日はどうも散々な日になりそうだよん」
「おいっ、突然現れてあんたいったい何者だ。どこから入ってきた?」
「ワイか、ワイはなぁ・・・・・・」
雄造はシャワーのお湯を出したまま唖然としてこの男を見つくしている。
「いったい何なんだか・・・・・・」
と思った瞬間にその男は浴室から姿を消していた。少し不安な衝動に駆られつつも、石けんを使ってタオルで身体を洗い始めた。顔にも泡立てた石けんを塗りつけて、髭をそろうと剃刀を顔に当てた途端、先ほどの男の妄想が頭に浮かんできた。
雄造は他人の言動はあまり気にならないタイプであったが、天から舞い降りてきたように現れ、人相と身体つきはとても天使や妖精とは思えなかったし、いったいなぜ自分の目の前に現れたのかが不思議でならなかった。
第2話
今日は仕事が休みの日であったが、この後に自分が受け持つ新商品についての準備をするつもりであった雄造は、カジュアルなシャツとチノパンに着替えて、昨日コンビニエンスストアで買っておいたあんパンとコップ一杯のミルクで朝ごはんを手短に済ませようと思った。
あのでっぷりとした男のことが、食べている間も頭からなかなか離れることはなかった。とにかく食べることに集中しようとするが、気になってあんパンのひとつもゆっくり食べていられないのだ。
突然の出現で、あっけにとられているところで、言うことだけ言ってすぐ消えていなくなってしまった男。
(なんだかなぁ・・・・・・)
と思いながら、雄造はゆっくり食べていられないあんパンを無理やり口に押し込んで、カバンの中から必要な書類やパソコンを取り出した。
今日は何としても商品販売に関する企画書の作成を仕上げなければならない。いい企画が思い浮かぶようなこともなかったが、今日中に目途をつけて、明日、上司に説明しなければならなかった。
そのことで頭がいっぱいだった雄造はあの男の言うことはいつまでも気にしているわけにはいかない。歯磨きに集中していると、身勝手に振る舞うかのごとく頭のなかで再びあの男の声がとどろいてくる。
「あんた、最近身だしなみがしっかりしているなぁ、髪もちゃんと整っているし。今まではそんなことはなかっただろう? どういう風の吹き回しだい? よしよし、その調子で今日一日せいぜい気を抜かないでがんばるんだなん」
雄造は髪の毛を掻きむしって、歯ブラシを思わず放り投げてしまった。出掛けの前にあれこれと雄造をかまいたがるでっぷり男。
激励のような一言が脳裏を突き抜けると首を左右に振って何かの妄想だと自分の精神を疑いたくなった。すると、
「今日は自分をよく戒めるんだ。気を付けないと散々な目に会うことになる。今日はまれにない大凶だ。ただし慎重に物事を進めれば、その先は道が拓けるぞ」
頭に今もなお響き渡る男の声に気の小さな雄造は目の前が真っ暗になって、気持ちが沈んでしまった。
早く忘れようと、ひと呼吸置いて机に向かって今日の予定の企画案の作成に取りかかり始めた。雄造はアイデア商品の開発部門に配属されていて、この一週間は夏に向けた新しい生活新商品の企画に全精力を傾けていたのである。
あの男のことは何かの間違いだ。気にしないようにしようと雄造は何度も自分に言い聞かせて仕事に集中しようとした。ともかく、さっきの事は雄造にとって蚊帳の外であってほしいと願った。
日頃からパソコンにデータとして溜めていたアイデアに眼を通したが、頭の中ではまだ何も新商品の構想が固まってはいなかった。けれども、食生活で役に立つグッズを早く具現化したいと思っていた。
手短かに終わらせて、早くいつもの隣町のパチンコ店でリフレッシュがしたいと思うほうがどうしても先行してしまう。そう感じながらパソコンの電源を入れると…
「うわぁ」
いきなり、パソコンがウンウンとうなり出したかと思うと、いつもと違う画面が次々に展開し始めたではないか。いったい何が起こったのか雄造には理解ができなかった。
間もなくパソコンの画面も正常に戻ると、またしてもあの男が画面に現れた。雄造は目玉が飛び出るほどギョっとした表情を見せた。
「へっへっへ、今日一日、あんたの後ろについておいてやるよん。大船に乗ったつもりでいたらいい」
「なんで、また・・・・・・」
「あんたが今日死ぬほどいやな思いをするんじゃないかと思ったからね。お気の毒だもんね」
「いい加減にしてくれよ、そんな予言は信じないぞ」
「信じようが信じまいがあんたの勝手だけどさ、身の危険を案じてのことだ。一日背後で厄除けのおまじないを唱えさせてもらうからよん」
その途端、パソコンの動画が一瞬のうちに落ちたかと思うと、辺りは急に静かになった。
聞こえてくるのは外の自動車の行き交う通過音だけであった。薄気味悪さを感じながらも、あの男の予言は絶対に信じようと思わなかった。
以前、雄造は悪質な霊感商法に絡まれてさんざんな目にあったことがあったからである。それ以来、見ず知らずの占いのようなものに関わることは避けてきたのだ。
どうもここでは落ち着いて仕事にとりかかれないので、雄造は気をまぎらすために外出することにした。
第3話
朝から時空間を超えた、別の世界に今いるような気がしてならないのが今の雄造の感覚であった。
気の弱い雄造は予言や占いを信じないようにしていたものの、不安は高まる一方で、次はいったい何が起きるのか気が気でなかった。
そんな不安を感じながら歩いていると、最寄り駅茅ヶ崎の駅前広場が視界に入ってきた。そこにはバスが一台利用客を待っているだけで周囲は閑散としていて、街はいつもと何も変わりはなかった。
初夏の爽やかな風が自分の頬をサッとなでるのがいくらか雄造には心地よいだけだった。
そのまま無意識のうちに駅の改札口に吸い込まれ、階段でホームまで下がっていくと、上りの電車を待つそれぞれの利用客の列がホームの先まで連なっていた。
雄造は混雑を少しでも避けようと、ホームの先端のほうまで進もうとした。
すると前方には三人組の高校生らしき学生がふざけ合っているのが目に留まった。
見ていると多少興奮しているのか、そのうちの背の高い丸刈りの一人が背の低いメガネづらを急に押さえつけたかと思うと、くるりと向きを変え羽交い絞めに転じたのである。
キャッキャと小刻みの甲高い笑いが周囲に響き渡っている。そして突然もう一人の中肉中背がそのメガネづらをボコボコと腹部のあたりを拳で叩き始めた。
二人とも悪気はなくふざけ合っているようである。次第にメガネづらは耐えきれなくなって、丸刈りの腕を振り払った。そこから逃げ出した途端に身体のバランスを失い、なんとホームから足を踏み外して線路に転げ落ちたではないか。
周囲からは目の前の光景に叫び声が上がった。そこにタイミング悪く駅の放送が始まる電子音が轟く。
「―まもなく、5番線に上り電車がまいります」
これに気づいた雄造はとっさに駆け寄り、線路に飛び降りた。電車はすぐそこまで近づいていた。
そしてうずくまって半分気を失っているメガネづらを抱きかかえ、ホーム上に転がした。
電車は急停車をしようとしつつも、すでにホームにさしかかろうとしていた。
雄造もそのあと慌ててホームに這い上がった。
電車はブレーキをかけながら容赦なく突っ込んできた。
時間にして十秒にも満たない恐怖の瞬間であった。
「ど、どうもすみません、ありがとうございました!」と顔面蒼白のメガネづら。
「気をつけるんだ! 危なかったじゃないか」
メガネづらは完全に血の気が引いている。身体をブルブルと震わせ、今起こった惨事に呆然とするばかりであったが、一言、雄造に感謝の意を伝えると、眼に涙を浮かべズルッと鼻をすすった。
雄造も本人の無事がわかると、気を取り直して青々とした空を見上げながら立ち上がった。
第4話
雄造は次の湘南新宿ラインが来ると混雑した車両に申し訳なさそうに乗り込んだ。
降りるのは2つ先の藤沢駅である。駅前にあるよく行くカフェで、例の企画のキリをつけたかった。
早く目途をつけて、あとはパチンコ屋でのんびりしたいというのが本音である。
電車はまもなく藤沢駅に到着。降りて改札口を出ると、駅前は多くの人々の往来があって殺伐としていた。
これから行く〝エクセレントカフェ〟はアンティーク調の雰囲気が漂う、落ち着いた雰囲気の隠れ家で雄造のお気に入りである。そこの主人の入れてくれるコーヒーは格別で、雄造はそのコーヒーの香りに魅せられていた。
店に到着すると、まださほど混んではいないようだった。いつも座る席は空いていなかったので、比較的落ち着く席を選んでバックを席に置き、注文をするためにレジに向かった。
温かいカフェ・ラテを注文し、淹れ立てのカップを受け取ると自席に戻って腰を下ろした。
気持ちを落ち着けてからパソコンを立ち上げてファイルのデータを開く。台所用品で調理しながらでも手が汚れずに済むグッズを開発してみようと具体的に企画書を前に思案を始めた。
はじめの一口をすすったカフェ・ラテの味はやはり格別だった。身体に沁みる一口である。
朝から妙な件が続いたので、もうそのことは早く忘れて自分の世界に浸り、仕事を進めたかった。
しばらくすると、隣の空席に若い男が無造作に荷物を置く音を感じた。けれども雄造は気にも留めず、自分の世界にこもった。
少しすると、注文を済ませた隣の客はカップを持って席に戻ってきた。
するとしばらくの間、多少イラついている様子がうかがえる。どうも彼は雄造の荷物を気にしている様子であった。
荷物は隣の椅子に寄り掛かるように地面に置いていたのがいけなかった。何とも渋い顔をしていてこちらを向いて何か言いたそうであった。雄造が気づいたのが遅めだったためか、相手が一言つぶやいた。
「あのう・・・・・・」
「あっ、どうもすみません。どうぞ」
「どこも空いていなかったので恐縮です。ありがとうございます」
会話はこれだけであったが、お互いの気持ちは通じ合った。これから落ち着いて作業に集中できそうである。そう思っているうちに、隣の客はお手洗いを済まそうとしたのか立ち上がり、去っていった。
その直後、再び例のでっぷり男が天から舞い降りるように亡霊のごとく姿を現した。
そして一瞬のうちに、手持ちのスマートフォンの画面のなかに煙のように吸い込まれていった。
ギョっとして一瞬、尻込みしてしまった雄造であったが、スマートフォンの電源を入れて待ち受け画面を一応確認した。すると、1件のメッセージ入っているのがわかったので開封してみると・・・・・・
「迷惑行為はあとで何を言われるかわからないぞ」
「3回うがいをしてから持ってるガムを噛め」
「何だ、これ?」と訝しげに、雄造はこのメッセージを見つめた。
理解に苦しみ、不思議に思いながらも意識は仕事ににあった。
その後も作業に集中して、新製品の企画書がようやく完成した。
当初の台所で使うグッズではなく、浴室でスマートフォンが濡れないように使える特殊な材質のケースである。
時計を見ると、来店から一時間三十分も経過している。頭を少し休めたかったので、切りがついたこともあるので、ひとまずここを出て街中を少し歩いてみることにした。
第5話
藤沢駅の近辺を散策気分で歩いていると、人々の様子を目の当たりにする。足早に目的地へ向かう人たち、駅前広場で会話がはずんでいる人たち、ベンチに寝転がっていびきをかいている人まで、多様な人の躍動を感じることができる。
しばらくゆっくりと時を忘れたいと思った。
いつものあわただしい行動であると、本来の身の回り様子を見失いがちであることをあらためて実感し、社会や物事の本質が少し知れたような気持ちになった。
そう言えば、あの男のおまじないのようなメッセージがまた思い浮かんできた。
自分が常にガムを持ち歩いていることもなぜ知っているのかが不思議だった。
そんなことを考えながら、ゆっくりと当てもなく、歩みののろいカメのように街をさまよった。
すると、急に歩いている感覚がなくなって、ハッと思ったときはもう身体のバランスを失い、どこかの世界にすっぽりとはまってしまったような感覚があった。
それと同時に足にひどい痛みを覚え、周囲は今までとは対照的に真っ暗闇で、何かの衝撃により身体が呑まれてしまったようである。
いったい雄造の身の上には何が起こったのか。
しばらく気を失っていた雄造は、ようやくかすかな意識をとり戻していた。
少しずつ状況がつかめてきて、完全に意識がはっきりしたところで血の気が引く思いがした。
どうも雄造は空いていた作業中の深いマンホールの底に落下してしまったらしい。
無意識に歩いていて、作業員がたまたま誰もいなかったために、運悪く蓋が開けたままの工事区域に入り込んでしまい、足を踏みはずしてしまったのだ。
底は排水路となっており、脇に敷設された細い側道に座り込んでいたのである。身体じゅうは擦り傷だらけになり、不安と恐怖で精神的なダメージも大きかった。
しばらく助かる道を考え込んでいたが、このマンホールには梯子がついていないことがわかると、これから先のことはどうなるのか気が確かでなくなってきた。
「誰か助けてくれえ」
雄造はしきりに上に向かって声をあげるが、精神的なショックと傷の痛みから思うように声が出ない。眼を閉じて泣きたくなる気持ちを抑え、雄造は神に祈りながらつぶやいた。
「なんとかなるはずだ。もう少しすれば作業員が戻るはず・・・・・・」
そして所持していたスマホに電源を入れ、慌てて待ち受け画面を表示してみた。だが完全に〈圏外〉であった。
望みをかけて110番をタップしてみる。でもやはり無駄であった。
SNSもいろいろと試してSOSを発してみようとするが、どうにもならない。
あきらめかけて、雄造はいよいよグッタリとしてしまった。
スマホの時計を見ると11時15分。だんだん悔し涙が眼がしらに溢れてくる。
するとどうだろう、地上のほうからかすかに声が聞こえてきたではないか。
「おーい、散々だったな」
マンホールのまん丸の天を見上げると、例のでっぷり男が顔を覗かせている。藁をもすがる思いで雄造は男に、
「た・の・む、助けてくれ」
とかすれた声ですがりつくように叫んだ。
「ああ。けどよ、俺様の忠告を朝から無視するなよな。ちゃんと気をつけろと言っているんだからよん」
「済まない・・・・・・、よろしく頼む」
と咳き込みながら雄造は懇願した。
男の顔がマンホールの丸い空から消えてなくなると、しばらくの間、時が流れた。
この時間は絶望の空間が雄造を包み込んで、嘲笑うかのごとく感じられた。
どれだけの時間が過ぎたのかわからなかった。もう、このままずっとここで息絶えてしまうのかと絶望感にも襲われた。
その瞬間の出来事だった。
身体が急にふんわりと持ち上がり、雷に打たれたような衝撃を覚えた。
そして雄造はそのまま意識を失った。
第6話
気が付くと、雄造は駅前広場のベンチに横たわっていた。
どうやって今ここにいるのか、何があったのかをはっきりと思い出すことはできなかったが、先ほどの恐ろしい体験だけは脳裏に焼き付いていた。
(助かったのか‥‥‥)
雄造は「はぁ」と長いため息をついた。
長い息をついたのは、〈生き延びた〉という安堵で出たものだった。
今までボヤッとしていた周囲の人々の行動が初めて鮮明に見えてきた。
それは日常と何も変わりなかった。みんなせわしそうに自分の目的に向かって行動していた。
雄造は急に虚しく感じた。
人間と人間の接点、特にこの事故で無常の世の中を感じたのは確かだった。なぜこんなにもつらい思いをしたのだろう。
いろいろ考えて、今まで自分のことしか考えていなかった自分を悔い改めなくてはいけない気持ちが湧きおこってきた。
もっと他人に目を向け、人の気持ちを汲まなくてはいけないのではないのか。
他者の視点というものをおろそかにしていたことに気づいて、自分の今までの行動を振り返って考えるようになった。
第7話
雄造はなぜ助かったのか。眼を閉じて今一度考え直してみた。
今日の今までの行いを思い返してみると、朝からあの男と遭遇してからというもの、不快でたまらなかったので外出した。
そして駅で人を救助し、カフェで作業、ちょっとしたいざこざはあったものの、たいしたトラブルには発展しなかった。
しばらく考え込んでいると、そこへまたまたあの男の姿が眼の前に現れ始めた。今度は実物大の生身の姿である。
「なぜ助かったか教えてやろうか。人が相手に与える行為ってのはな、与えたことが同じように自分に必ず返ってくるものなんだ。今までの行いを振り返ってみるがいい。ワイとの初対面であんたいったい何て言った? そこが一つしてはいけないことをしてたわけだ。それから駅のホームから転落した学生を助けたねぇ、これは人命救助だから大変素晴らしかった。これで一悪一善だ。そして次は喫茶店で隣の客とトラブルになりかけたねぇ。結局、これも相手に迷惑をかけたから、二悪一善となって、神様が善を増やそうとされて、そうした人間には反省を促がそうと罰をお与えになったんだよん。だからね、今回はマンホールに落ちてしまうはめになったわけ。ワイは言わなかったけど、あんたの守護霊だ。だからマンホールから引き出してやることができたってわけ。しつこいけど守護霊様にも放った暴言は自分の罪となって返ってくるんだよん」
真っ正直な雄造の気持ちはようやく晴れて、心が洗われたようだった。
「そうかい、そうかい。まあ、今日あった事はこれからも起きるかもしれないことだから、心に留めておくがいいや」
そういい残すと、雄造の守護霊は宙にのぼっていくように消えてしまった。
「そうか、人間関係ではポジティブに生きていけばいいんだな」
と思い、スマートフォンを取り出して電話をかけ始めた。
「さて、仕事もひと段落したから、病院に行ってそれからあいつの悩みでも聞いてやるかぁ。予定のパチンコはまた今度」
と独り言をいいながら、つながった親友とコンタクトを取り始めた。
そして、身体の切り傷はひどかったが、少しずつ痛みが和らいできたので、ベンチから腰を上げて、ゆっくりと歩き始め、まずは駅前の公衆トイレに向かった。
そこで、手を顔を洗って、守護霊の言ったとおり、うがいを三回した。
手を拭いた後にはかばんからガムを取り出して口に放りこむと、傷口の治療のために、最寄りの外科へ向かった。
人の幸せを願って生きることをずっと心に留めながら。
(了)
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