「お母さん」

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「まぁま……」 「ママじゃないでしょ」  幼い頃、母はいつもそう言った。  キョトン、と母を見上げる私を一瞬だけ見て、だけどすぐにその視線を洗濯物や料理に戻した。 「まぁま……」 「この(うち)にママはいません」  今度はこっちを見ることもしなかった。 「……」 「なぁに、(れい)?」  私がそう言えて初めて、母はやっと優しい声でそう言うと、屈んで私と目の高さを合わせた。  いつもそうだった。我が家では絶対に、母のことを「ママ」とは呼ばせて貰えなかった。  じゃなくて。  じゃなくて。  どちらも同じ意味だけど、私が母に「まぁま」と声を掛ければ話を聞いて貰えないし、「おかーしゃん」と呼べばいつでも優しい目で私を見てくれる。  物覚えの悪かった私も、毎日のように「おかーしゃん」と呼ぶトレーニングをされるうちに、小学校に入学する頃には「お母さん」と呼べるようになっていた。
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