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昨日から丸一日あったおかげで、俺はありとあらゆるパターンを想像し尽くしていた。それは軽度のものからレベルマックスのものまで何種類も。
だからもう、翔太が何を言ってこようが平気だと思っていた。
だが、話はそう単純なものではなかった。
「昨日征一さんが言った通り、この前の旅行での出来事で俺、秘密にしている事があるんです」
俺の正面に座った翔太が言った。
「じ、実は、その、俺……」
そして合わせていた翔太の視線がテーブルに落ちた時、意を決したように口が開かれた。
「俊とキスしました」
あぁ、ほら、大丈夫。
そんな事は想定内だ。だから大したことない。
「でもあれはキス……じゃなくて! 唇と唇がぶつかった事故だったんです! 俺も俊も全然そんなつもりなくて、後ろから押された拍子にこう、ドンってぶつかっちゃって、たまたま目の前にいた俺に俊が覆い被さる感じで……だから、その、」
弁解するためか勢いよく立ち上がった翔太は、さっき目を反らしたくせに今は必死に俺の瞳に訴えかけてくる。
「だから、心配させないように唇の傷は転んだ事にしようって俊と話して決めたんです。すいません、今まで嘘ついてました。ごめんなさい」
あぁ、そうか。
やっと分かった。
俺が今まで、何にイラついていたのか。
「せ、征一さん……お、怒ってます、か?」
「……いや」
「ほ、本当に事故ですから」
「それは分かった。もういい」
「え、じゃぁなんで」
不安そうに揺れる翔太の瞳が、何故か今だけは直視できそうにない。
「なんで……征一さん、そんな、お、怒った顔してるんですか」
「お前、それを俺が聞いて怒ったりショックをうけたりすると思ったのか?」
ダメだ、出来るだけ感情を抑えて話さなければ。
「……え? あ、いえ。きっと征一さんなら分かってくれると思いました」
「じゃぁなんであいつに相談するんだよ」
抑えて話さなければ、もっと。
「俊、ですか? だって俺が勝手に決められないですし……それに俊には智くんがいるから」
「だからってまず俺に相談できただろう?」
「征一さんに、ですか。でも、」
「お前の彼氏は俺だろうが!」
あぁ、もう抑えていられない。
気がつけば俺も椅子から立ち上がっていた。
「気持ちのないキスくらいで俺が怒るわけないだろう。そんなに俺が信頼できなかったのか?」
「……ちが、」
「そんな事でいちいちあいつに相談するな! あっちはあっちで勝手にやるんだから、お前には関係ない!」
翔太の顔色が徐々に曇っていくのが見て取れる。それに今、俺に抱いているであろう失望感みたいなものまでも。
少しの沈黙の後、先に口を開いたのは翔太の方だった。
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