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俺はただ、
ただ、なんでも話してほしかった。
そしたらバカだなって、笑ってやったのに。
「……おれ、そんなつもりじゃ、」
「でもその結果がこれだろ? 結局うまいこと隠しておけなくて一週間ずっとおかしかったじゃないか」
「……ごめ、なさ……い」
「で? 佐伯俊がじゃぁバラそうかって言ったのか? だから昨日言えなかった事を、今俺に言ったっていうのかよ」
「…………」
翔太の頬に伝うことなくダイレクトに滴る涙を、テーブルが勝手に受け止めている。俺はそれを見ながらも、止めてやれなかった。
「もし、あいつがこのまま秘密にしようって言ったら、お前はどうしたんだ? なぁ」
翔太からの返事はない。ただ啜り泣く音が聞こえてくるだけ。
「あのままずっと俺に話さないつもりだったか? うまく隠せてもいないくせに。ずっと後ろめたい気持ちのまま、俺のそばにいるつもりだったのかよ」
「……れは、俺はただ、」
と、懸命に涙をこらえながらも言葉を紡ぐ。
「ただ征一さんに、イヤな思いさせたく、なかったんです。事故でもキ、キスしたこと、話してしまえば、俺がラクになるだけで、それを聞いた征一さんはツライ思い、するのかもって。だから言わない方がいいんだって思ったのに。でも、おれ、隠しておくの、うまく出来なくて……だから、こんな、ごめんなさ、ごめんなさい、ごめんなさい」
「……翔太」
分かってる。
分かっているんだ、本当は最初から全部。
優しくて、不器用なこいつの事。
俺はちゃんと分かっているのに。それなのに。
何をやってんだ、俺は───……
「ごめん」
俺はテーブルを半分まわって翔太を抱きしめた。
「ごめんな」
ここまでの距離が、さっきまではうんと遠かったんだ。
熱い顔を俺の胸に押し付けて、頭をぐしゃぐしゃ撫でる。最大限の謝罪をしたいけど、今はこれしかできそうにない。
俺のスーツがじんわり湿ってくる。いつもなら服が汚れるからと気にする翔太だが、今はそんな余裕もないのだろう。俺のシャツに顔を埋めたまま泣き続けている。
思えば俺達は、一緒に暮らすようになって今日まで、ケンカらしいケンカをしてこなかった。
翔太は家事を率先してやってくれるし(料理以外)、俺に対してや、この生活に不平不満をまったく言わない。実際どう思っているのかは分からないが、毎日嬉しそうに笑ってくれるから、俺は勝手に安心していたんだ。
翔太の一番の理解者は俺なのだと。
毎日の他愛ない会話、今日の出来事、のんびりとした休日、これまでたくさんの時を共に過ごしてきた。
おはようとおやすみのキス、身体を重ねて温めあい、同じ気持ちを確かめ合う。昨日までも、今日も、そして明日も大切だと。
だからいつでも俺を信頼して頼ってくれる。そう、思っていた。
それなのに、幼稚な嫉妬心に蝕まれ、翔太を深く傷つけてしまった。
こいつは俺がイヤな思いをしないようにと、考えてくれていたというのに──。
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