372人が本棚に入れています
本棚に追加
──────それにしても。
「唇の怪我、まさか佐伯俊だったとはな」
翔太に顔を上げさせ、まだ完全には治っていないその傷口を指で撫でた。
今までなんとも思っていなかったが、これが"キスの証拠"だと知ると、なんとも言えない感情が沸き上がってくる。しかし、こいつが悪い訳ではないから気持ちのぶつけようがないのが厄介だ。
「これ、まだ痛いのか?」
「いえ、もうほとんど。たまに何かが強く当たったりしない限りは全然平気です」
「ふーん」
"何か──"ねぇ。
ってことは、唇を重ねる度に少しは痛かったって事なのか。確かに、最近キスするとどこか上の空というか、気持ちが入っていない感じがしていたが。まさかその度に佐伯俊を思い出していたのだろうか。俺とのキスで──
「征一さん?」
翔太の呼ぶ声に、また始めてしまいそうになっていた悪い妄想を中断し俺は、まだ赤い目をした翔太をじっと見つめながら思った。
さっきはひどい事を言って傷つけた。だから今度はうんと優しくしてやりたい。それなのに今、まったく別の感情も同じだけ俺の中に存在している。
もっと泣かせて困らせてやりたい、そんな感情が。
もちろん悲しい涙にはしない。俺だけがこいつに与えられる快感に悶え、耐えきれず甘い吐息と共に流れてしまう、あの色気のある宝石みたいな水分の方だ。
いつもなら確実にこのままベットインだが、さすがの俺も今日のケンカをそんな事でチャラにしようだなんて思わない。そもそもケンカですらなかった。俺が勝手にイライラと嫉妬して、それを翔太にぶつけただけの、いっちばんダサくてカッコ悪いだけのやつ。だから今日は──……
「なぁ翔太、キスしてもいいか?」
「え、えぇ!? な、なんでそんなこと」
聞くんですかって顔してる。
それから翔太の頬が色づくと同時に、左手で耳たぶを触り右手で顎を、俺の視線に合うよう上げさせた。いつものキスの合図だ。でもまだしない。
翔太の瞳が泳ぐように揺れて、表情がどんどん戸惑っていく。それでもまだしない。
「……ど、どうしたんですか、征一さんいつも、か、勝手にしてる、じゃないですか」
「そうだっけ」
「そうですよ」
「じゃぁ今日はちゃんと聞く」
「え、別に……聞かなくても」
いいのにって顔してる。
それでも俺はお互いの呼吸が分かるくらいまで近づけた顔を、触れも離れもしない距離を保った。正直もどかしくて、今すぐにでもキスしたいのは俺の方だが。
「なぁ、いいか?」
「いい、です、よ」と翔太。
ついに許可が下りたかと思っていたら。
「あ、じゃなくて」と訂正が。
「えっと、俺が征一さんにキス、してほしいんです。ダメですか?」
おいおい、それはダメだろ。
かわいい言い方しすぎだ。
最初のコメントを投稿しよう!