374人が本棚に入れています
本棚に追加
「辰典さん、遅いですね。駅からの道で迷っちゃったのかな」
「いいって気にすんな、ほっとけ」
「またそんなこと言って」
朝から面倒くさそうな顔をしている征一さんは、多分俺より時計を気にしている。
「大丈夫だって。迷ったら電話してくんだろ」
「そうですけど……でも、」
と、その時。
部屋中にインターフォンの音が鳴り響いた。
「あ、来たみたいですよ! 良かった!」
俺はため息をついている征一さんを横目に、モニターに映る辰典さんに挨拶をし、扉を開いた。
それから玄関の方へ足を向けたけれど、征一さんはリビングから動こうとしない。
きっと俺が行かないと征一さんは永遠に扉を開けない気がする……なんて。
とにかく、辰典さんを出迎えよう。
俺は廊下へ移動し、玄関をガチャリと開けた。
「こんにちは、辰典さん」
「翔太くん! 引っ越しおめでとー! はいこれ、引っ越し祝い!」
と、辰典さんは挨拶もそこそこに、俺の目の前に大きなビニール袋を付き出した。
「わ、すごい量ですね。えーっと、なんですか、これ」
「いやー何買おうか考えたんだけどさー、俺が選んだのとか全部嫌がりそうだろあいつ。だからまぁ消耗品でいっかと思ってさ。とりあえず翔太くんにはお菓子な」
「な、なるほど」
片手じゃ持ちきれない程たくさんのお菓子だ。まるで遠足に行く前の日みたいな。
きっと駅前のコンビニで買ってきてくれたんだろう。もしかしたら辰典さん、選ぶのに時間がかかって、それで予定より遅くなったの、かも。
「ありがとうございます、辰典さん。少しずつ大切に食べますね」
「いやいや、こんな安物はパクパク食べちゃってよ」
「ふふ、征一さんも喜ぶと思います。あ、これとか。征一さん好きなんですよ」
俺は袋からはみ出ていたポテチを指差しながら言った。
「あはは! やっぱソレまだ好きなんだな! あいつ大学の時いっつも食べてたんだよなー」
そう言いながら笑う辰典さんは、すごく得意げで嬉しそうな顔をしている。
「さすが、よく知ってるんですね。そうだ、辰典さん。あとで征一さんが大学生だった頃の話、聞かせてください」
「お、いいよいいよ! なんでも聞いて! 捺の事ならなんでも知ってるからさー」
「はい、楽しみです」
実は今までにも何度か聞いてみようとした事はあったけれど、いつも征一さんが嫌がって全然聞けなかったんだよね。
でも今日は時間がいっぱいあるし、征一さんがおつまみを何品か作ってくれるみたいだから、その隙にでも聞いてみよう。
俺の知らない征一さんが知れるのは、やっぱり嬉しいから。
最初のコメントを投稿しよう!