332人が本棚に入れています
本棚に追加
/58ページ
きっと征一さんも喜ぶだろうと思ったのに、無言のまま玄関へといってしまった。
その様子を見て、今度は俺と辰典さんがお互いの顔を見合せ「あれ?」って顔。
もしかして、あんまり嬉しくなかったのかな……。なんて、少し心配になった。
それからしばらくして届いたサーバーを片手に、戻ってきた征一さんが一言。
「辰典お前、初めて役に立ったな」と、ニヤニヤ顔だ。
「はぁぁぁ? なんでだよ初めてって! 俺引っ越しの手伝いだってやったじゃんか! いつもいつも役に立ってばっかりだろー!」
「いや、こんな気の利いたこと今までやれた事なかったぞ」
「いやいや、あるわ! 全然あるから! 捺が忘れてるだけだから! ほら、大学一年の合宿の時だって、捺がなくした財布、俺が探して見つけてやっただろー?」
「んな昔の事いちいち覚えてねーよ」
征一さん、ああは言っているけれどすごく嬉しそうだ。ホント、素直じゃないんだよね。辰典さんの前だと。
仲良い二人を見ていて、俺はついつい声を出して笑ってしまった。
そして俺にも、何歳になってもこんな風に笑い合える仲の良い友人がいるといいなぁと、しみじみ思った。
お昼過ぎに辰典さんが来てから、もう九時間以上経った頃。
征一さんが追加のおつまみを作りにキッチンへ。
俺も手伝うと言ったけれど、いつもより強い口調で、「絶対にキッチンに足を踏み入れるなよ」と注意されてしまった。
多分俺が酔っているせいで、怪我とかしないか心配してくれているのだと思う。
なぜならつい先週も征一さんを手伝おうとして、しまおうとした包丁を落として床に刺さっちゃった事があったんだ。確かあの時も少しお酒を飲んでいた。
俺は今日はセーブして飲んでいるし、もうあんなドジしないと思うんだけど。
「なぁなぁ、翔太くん」
そんなことを考えながら征一さんの後ろ姿を見ていたら、辰典さんに名前を呼ばれハッとした。
「捺と一緒に住んでみて、正直どう?」
「え?」
思ってもいなかった質問に一瞬空気が止まる。
「いや、まだ一ヶ月くらいだろうけどさ。うまくやれてんのかなーって。その、捺がさ」
辰典さんは頭をポリポリ掻きながら、明後日の方向を向いている。
「だって捺ってさ、本音が見えにくいとこあるし。ほら、素直じゃないじゃん? 言葉足らずで言い方とかキツくなったりして、傷つけられたりしてないかって、ちょっと心配になってさ。翔太くんも言いたいこと言えなくて、我慢しちゃったりとかないかなって、気になって」
そして、お節介でごめんね。と謝る辰典さん。
きっと征一さんのこと気になって仕方ないんだろうな。
「心配してくださって、ありがとうございます」
俺は辰典さんの方へ身体を向けた。
「確かに一緒に住んでまだ日が浅いですけど、征一さんいつも優しいです。傷ついた事なんてないですし、我慢だってしていません。それに征一さん、俺と話す時は少し柔らかい感じで喋るようにしてくれている気がするんです。ほんと、優しくて温かい人ですよね。だから、」
だから俺は、
「俺は征一さんと一緒にいられて、毎日すっごく楽しいです」
時々────
俺ばっかりが幸せなんじゃないのかなって、心配になってしまうくらい、俺は大切にしてもらっていますよ。辰典さん。
最初のコメントを投稿しよう!