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征一さんの動きが止まったおかげで、俺は浅くなっていた呼吸を深く数度繰り返した。
「翔太お前、ほんとにここで終わりにするのか?」
暗いからよく見えないけど、そう言う征一さんの額にはシワが寄っている気がする。それでも俺は続けた。「終わりです」と。
「なぁ、声なら気にしなくていいって。俺の部屋からリビングは遠いし、布団被ったりすれば平気だから。そもそも辰典のことなんかまったく気にする必要ないからな」
「……ふ、ふふ」
「おい? なに笑ってる?」
征一さんの真面目な声を聞いていたら、つい可笑しくなってしまった。
さっきいじわるされたから、俺も少しいじ悪い事を言ってみたかったんだ。
「すいません。さっきのストップは、準備は終わりって意味です」
と訂正した俺は、征一さんの耳元に顔を近づけ、小声で続けた。
「征一さんも一緒に気持ち良くなってください。本当のストップは、まだ先ですから」と。
─────それから。
二人で薄布団の中に隠れてセックスをした。
いつもより少し、緊張しながら。
楽しかった今日の出来事すべてを形取るように。
お互いの吐息が伝わる、その距離で────
「──ん、───さん、辰典さん、起きられそうですか?」
「んぇ……あれ、翔太くん? なに、え? ここどこ」
「あ、起きました? おはようございます」
ソファで爆睡中の辰典さん。征一さんがいい加減起こせというので声をかけた。
今はもう朝九時を過ぎている。俺達が起きてきても目が覚めないくらい、ぐっすりと眠れたみたいだ。
「あー……俺泊まっちゃったんだ? ごめん翔太くーん」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それより寒くなかったですか?」
「全然へいき~布団ありがと。ってか、それより頭いったいわ」
そう言うと、辰典さんは頭をかかえて踞ってしまった。昨日たくさん呑んでたもんなぁ。
「ん、翔太これやって」
「あ、はい」
俺は征一さんから手渡されたそれを、辰典さんの前にそっと差し出した。
「え、何コレ?」
「リンゴのすりおろしレモネードです。蜂蜜も入ってて、美味しいんですよ」
「いやいや、え、えぇ~。まさか捺さんの手作りですか?」
「ふふ、そうです。俺が二日酔いの時とか、たまに作ってくれるんです」
「まじかぁ~。捺ってほーんと、翔太くんには優しくしてんだなぁ~」
しみじみと語る辰典さんと、キッチンに戻りながら「うるせーぞ辰典」と言う征一さん。
二人のいつものやり取りを聞いて、少しほっこりしてしまう俺。
「これ、翔太の分な」
「ありがとうございます。いただきます」
征一さんが俺にもレモネードを持ってきてくれた。
甘くて、少しすっぱい。俺が好きな味だ。
「はぁーうめー生き返るわ。そういやさ、昨日俺が寝ちゃってから二人はどうしたん? まだ飲んでた?」
その質問についギクリ、としてしまう。
征一さんは間髪入れず「さすがに寝たよ」と、返した。
俺はただ黙って、マグカップに視線を落とすだけ。
「そっかそっか、ごめんなー寝ちゃって。次はもっと起きてられるよーに頑張るわ~」
「いやもう来んな」
「またまた~捺はぁ~素直じゃないね」
「マジで来んなよ。なぁ、翔太」
え、突然俺に振るの?
「ごほっ、えっと。いつでも来てくださいね。辰典さん」
「ありがとー翔太くん! 次は朝まで飲もうな!」
「……あ、あはは」
昨夜に"続き"があったことは、
征一さんと俺だけの、ヒミツだ。
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吐息は静かに end
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