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「お疲れ吉村! なーにため息ついてんだよ!」
「中澤……」
俺が会社のフリースペースでお昼を食べながら昨日の失敗を反省していると、同期の中澤が声をかけてきた。
実はあれから───
手作りチョコのレシピを検索した俺は、書いてある事の意味が半分も理解できなくて、結局挫折した。だからレシピ見るのイヤだったんだよな。
「さっき新規契約とってきたって先輩達が話してたけど、なんでため息なんだよ。吉村の手柄だろ?」
「手柄って……俺はただ決まった内容のプレゼンしただけで、ほとんど先輩の力だから」
「またまたー! 出来るヤツは謙遜するねぇー」
と、ニヤニヤした中澤が同じテーブルに座り、買ってきた牛丼をドンと置いた。どうやら俺の前で食べるらしい。
「んじゃ、なんで悩んだ顔してたん?」
割り箸を咥えてパチンと割った中澤が言った。
「あ、あのさ。中澤って料理するの得意?」
「俺の質問が暗殺された」
「……ごめん」
「いやいいけど。なに料理? するよ、もちろん。一人暮らし長いし」
「そっか、凄いな。もしかして、お菓子とかも作った事ある?」
「あるある超得意! 最近は全然だけど、大学の頃はよくクッキー焼いてたな。あれ一回ハマると止まんなくてさー」
「へぇー、クッキー? 作れるんだ」
さすが中澤。器用なんだな。クッキーって多分、何かの粉を焼くんだよな。それならまだチョコの方が簡単な気がする。だってチョコはもうチョコだもんな。
「なに、吉村なんか作るの?」
「あー、うん。バレンタインのやつを、作ってみたいと思ってるんだけど……」
「ほほーん」
口いっぱいに詰め込んだ牛肉の隙間からそう聞こえた。
「ちなみに、中澤はチョコって作れる?」
「もちろん。去年のホワイトデーに作って彼女に渡したよ」
「え! マジで!?」
俺は思わず大きな声を出してしまった。まさか、こんなに強い見方が身近にいるとは。
「あのさ、良かったら俺に作り方教えてくれない? 出来るだけ詳しく! 絶対失敗しようがないってくらい!」
「珍しく必死だな。いいよ、全然。なんなら一緒に作る? 余ったら彼女にもあげられるし」
「な、なかざわぁ~」
頼りになる……なりすぎる。
本当は一人でなんて、絶対無理だと思ってたんだ。昨日のチョコ水を捺さんに食べさせる(飲ませる?)訳にはいかないから。
「じゃぁ土曜とかに俺んちで作るか? 吉村んちでもいいけど」
そう言う中澤は、牛丼最後の一口をパクッと食べて満足げな顔している。
「うーん。うちだとお菓子作りに必要なマシンとかないから、中澤の家だと助かるな」
「マシンて。調理器具な。じゃぁどんなチョコ作りたいか考えておいてよ」
「……どんな?」
「うん。生チョコ系とかナッツとかフレーク入れたザクザク系とか、ブラウニーとかでもいいよ」
「……ご、ごめん。俺全然分かんないからそれも任せていい? 出来るだけ甘くない感じがいいんだけど」
捺さんは甘いもの苦手だから。
「オッケー。じゃぁ大人なビターチョコだな。ちょい考えてみるわ」
「うん。中澤、本当ありがとう。今度なにか奢るからな」
「マジか! 焼き肉よろ!」
「それはさすがに……」
こうして、なんとか安全にチョコを作る舞台が整った。
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