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山中にあるその建物は古い住宅で、何十年か前のある日、突然一家の主が発狂して家族全員惨殺したあと自死した、という本当か嘘か分からない話がもっともらしく噂されている。瓦屋根の一部が崩れ落ち、朽ちた壁も雨戸の嵌った窓も、門扉の方まで雑草やツタが蔓延っていて、ほとんど土に還りかかっていた。噂の真偽はともかく、見た目がもう怖い。
「…ねえ、これ、入るの?」
西条が嫌そうに玄関らしい部分を指した。長年誰も出入りしていない引き戸は雑草に埋もれ、何重にも張った蜘蛛の巣が、小さな羽虫の死骸ごと絡みついている。
「つうか、そもそも鍵とかかかってるんじゃねえの?」
今治の言葉に全員が嘆息する。みんな何となく、廃墟なら簡単に入れるだろうと考えていたのだ。
「…じゃ、じゃあもう帰ろうよ、なんかすげえ寒いし」
コートの両肩を抱きながら、新居浜が音を上げた。確かに、三月に入ったとはいえまだまだ気温は低く、山中なこともあり、日も暮れたあとは一気に冷え込んでいた。かと言って、何の成果もないまま帰るのも癪だった。
「裏に回ってみたらどうかな?」
提案すると、意外にも乗ってきたのは松山だった。
「おう、何もなかったじゃ来た甲斐もねえしな」
言うや否や、新居浜の腕を掴んで建物の右側に歩き出した。
「ちょ…っ、なんで俺までぇ」
恨めしげな視線と悲鳴を残し、新居浜は暗い草むらへと引っ張って行かれたのだった。
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