水族館日和

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 運ばれてきた「本日のパスタランチ」は、ミートソーススパゲティにレタスのサラダ、ほうれん草のポタージュだった。  パスタもポタージュも見た目よりもあっさりとしており、飽きのこない味付けだった。二人して美味しい美味しいと言い合いながら、食べ進める。  食後に運ばれてきたコーヒーを飲みながら、ミナは昨晩から思っていたことを有理に訊いた。 「心中の相談ってよくあるの?」 「いきなり仕事の話? 心中は、そんなに多くないよ」 「そうなんだ」 「やっぱり、ほら、心中の相談だったら、悪魔じゃなくて、もっと他のところにするんじゃない?」  確かに、とミナも思う。 「それでもゼロではないんだ?」 「まあね。でも、今回の依頼人の高畑さんみたいに、悪魔向けの心中相談はほとんどないよ」  悪魔向けの心中相談とそうではない心中相談があるのか、とミナは心のなかで思ったが、それは口には出さずに続けた。 「悪魔向けではない心中相談じゃなかったらどうするの?」 「うーん、例えば介護疲れからの心中だったら地域のケースワーカーに繋げるとか、事業の失敗からなら政府系金融機関の相談窓口を紹介するとか」  悪魔の答えを聞くと、ミナはマグカップをテーブルに置き、溜息をついた。 「なんだか、すごくまともなボランティアだよね」 「現実逃避で心中されても、悪魔には一銭の得にもならないからね。このことも報告する?」 「悪魔の佐久間有理は善行を重ねながらも、自らの行為が善行に該当しているかどうかを気にしているようだ、って? どうしようかな」 「別に書いてもいいよ。それがミナの仕事なら」  そう、それが地上に派遣されたミナの仕事なのである。地上に住む危険な悪魔を監視し、その行為を天に報告する。通常、悪魔の監視はこっそりと行われるものだが、ミナは諸事情により、悪魔のパートナーとして、悪魔のすぐ隣で仕事を「監視」することになってしまっていた。おかげで詳細なレポートを送ることができてはいるが、もしこの事態が天にばれてしまったら、天罰が下るかもしれない。地上の喫茶店で、悪魔と共にランチを共にする天使なんて、きっと前代未聞だろう。 「考えとく」  ミナが言うと、有理は少し考え込むような表情をした。 「私のやってることって天使基準でもやっぱり善行?」 「善行だと思う。このままだと有理、死んだら天国行くんじゃない?」 「天国か……それは困るかな」 「困るんだ」 「さすがに気が進まない。気が進まないけど……」  有理はそこで言葉を切ると、上目遣いでミナを見た。 「どうしたの、有理?」 「気が進まないけど、でも、天国でミナとずっと過ごせるなら、それでもいいかなって思った」 「え」  ミナは絶句した。驚いて有理の瞳を見つめる。深い色の瞳が、ミナを見つめ返していた。綺麗な色だ、とミナは頭の奥でぼんやりと思う。そのまま吸い込まれそうになる。ふいに周囲から音が消えた。体の奥が奇妙に震えた。  その震えが、ミナを現実へと連れ帰る。慌てて先ほどの有理の言葉を理性で捉えようとする。が、その意図はいくら考えても分からない。  ミナの目の前で、有理の唇がゆっくりと弧を描いた。 「なんてね」 「え?」 「ミナ、動揺した?」  嗤う悪魔がそこにいた。ミナは今更ながら顔が赤くなるのを感じた。 「悪魔って最低」  ミナがそう言うと、有理は完璧な角度で首を傾け、微笑んだ。
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