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「それにしても、ミナ、びしょ濡れだね」
「あ、ほんとだ……」
有理の一言で、ミナははっと我に返った。濡れた服がじっとりと肌に張り付いて冷たい。
「すごかったもんね、イルカ。カッパ着ていたのに」
有理はカッパを脱ぎながら、やっぱり濡れていると笑う。ナミも合わせて笑うべきところだったのだろう。しかし、うまく笑えなかった。
「ミナ、どうしたの? そんなに濡れたの嫌だった?」
「だって……」
コートの前身頃が大きく濡れてしまっているのをみて、ミナは泣きたくなった。
「海水だし、シミになるかも」
「そんなに気にならないけど。まあ念を入れるなら、帰ったらクリーニングかな」
たいしたことではないというように有理は言った。確かにたいしたことではない。しかし、すぐには割り切れない。なんで普段の天使の制服を着てこなかったのだろう、とミナは思った。あの服ならいくらでも汚れても構わなかったのに。でもこの服は。
「せっかく有理に貰ったばかりなのに」
絞り出すように言うと、有理は驚いた顔をした。
「そんなこと気にしてるの?」
「なんか悪いなって」
「もう。そんな顔しないの。服ならまた次も見繕ってあげるから」
有理はミナの背中を雑に叩く。
「次があるの?」
ミナは問うた。
「ないの?」
有理はきょとんとした顔をした。まったくこれだから、とミナは思う。そう思うと、少し元気が出た。
「決めるのは貴女でしょ?」
「そうでした。じゃあ、決定。次のミナの勝負服も私が決める。だから、ほら、元気出して? 悪魔が他人を慰めるのって実は貴重なのよ?」
「うん、ごめん。もう大丈夫、ありがとう」
「ならよし。それに、残念ながら、そろそろ仕事の時間ね」
仕事。そうだ、仕事だった。ミナは思う。服を濡らしてしょんぼりしている場合ではない。
「あそこのカップル」
有理が指差したのは大学生くらいの年齢の男女だった。今時の格好をした普通の若者、という感じである。特に人目を引くこともないが、外から見る限りはとても親密そうに見えた。カップルはイルカスタジアムのベンチに腰掛け談笑している。太腿同士が密着するほど距離が近い。
「あのカップルの彼が、高畑さんの片想いの人ね」
「遠目だからよく分からないけど、良くも悪くも普通の人に見える」
「鋭い分析。心中を思うほど、執着する必要はないと思うよね、客観的に見れば」
しかし客観的に見られなくなるのが「恋愛」というものなのだろうとミナは思う。
「二人、仲良さそう」
ペットボトルのジュースを回し飲みしている二人を見てつぶやくと、有理は「高畑さんのつけいる隙はないなあ」と他人事のようなコメントをした。有理によると、カップルの男は田口、女は笹原という名前だという。
「あの二人、そろそろ遊園地の方へ行くはず。高畑さんも来るし、私たちも行きますか」
有理が立ち上がる。もちろん、ミナも続いた。
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