水族館日和

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 アクアランドの遊園地コーナーには、小さなジェットコースターや二階建てのメリーゴーランド、コーヒーカップにゴーカートと、一通りの遊具が揃っている。しかし中でも目を引くのが、臨海部を一望できる大型の観覧車である。この観覧車には、カップルで乗ると二人が永遠に結ばれるというジンクスがあり、格好のデートスポットになっている。  すでに日は傾いており、家族連れの姿よりもカップルや若者のグループの姿が目につく。特にイベントがあるわけではないが、空気はどこか浮き足立っており、まるで祭りの日のようだ。  有理とミナの追うカップルはいつの間にか手を繋いでいる。ゆっくりと遊具の合間を進みつつ、観覧車の方を目指しているようだ。  ふいに、ミナの天使としての直感が、不穏な何かを察知した。足を止める。辺りをそっと伺うと、その原因が目に入った。 「高畑さん」  メリーゴーランドの乗り場の近くのベンチに彼女は座っていた。厚手のダウンに身を包んでいるが、ひどく寒そうに見えた。しっかりと化粧をしているにも関わらず、顔色の悪さを隠し切れていないからかもしれない。忙しなく視線を彷徨わせる様は、幸せな非日常である遊園地の空気から浮いていた。  どうするべきか、とミナは視線で有理に尋ねた。 「私たちの仕事は、この心中事件を見届けること」  有理は小さく首を振った。  高畑の視線が一点で止まった。視線の先には例のカップル。観覧車乗り場の列に並ぼうとしている。高畑は立ち上がった。 「これ、貸してあげる」 「何これ?」  有理に渡されたのはワイヤレスのイヤホンのようなものだった。 「これつけると、依頼人たちの会話が聞こえるから」 「盗聴器?」 「盗み聞くためじゃない。聞き届けるためだから盗聴器には当たらない」 「すごい屁理屈」 「でも使うでしょ?」 「有理は?」 「私は地獄耳だから無くても聞こえる」 「便利な体、悪魔って」 「まあね」  そんなやり取りをしているうちに、高畑は田口と笹原のカップルの前に立ちはだかっていた。ミナは慌てて受け取ったイヤホンを耳につける。 「誰?」  男性の声。田口である。田口と笹原は、いきなり目の前に現れた女――高畑のことを不審気に見つめている。田口は半歩前に出て、笹原は半歩後ろに下がった。自然と田口が笹原を庇う形になっていた。 「田口君」  高畑が口を開いた。名前を呼ばれたことに驚いた田口の肩が跳ねる。 「なんで俺の名前を……」 「私、私だよ。高畑華子。中学生のときから一緒だった」 「高畑……」  田口は口ごもる。しばらくの沈黙ののち、高畑のことを思い出したのだろうか、ああ、と声を漏らした。 「この人、知り合いなの?」  少し怯えたような顔をした笹原が、彼氏である田口に問う。田口は見るからに戸惑っていた。 「知り合い、というか、元クラスメイトというか。あ、大学も一緒か」  どうやら田口は、まったくもって高畑のことを意識していなかったらしい。 「で、えっと、偶然だね?」 「ううん、田口君、偶然じゃない」 「え? どういうこと?」 「私、貴方に伝えたいことがあって、ここで待っていたの」 「待ってた?」 「私、貴方のことがずっと好きでした。十四歳の頃からずっと」  ストレートな告白だった。 「はあ」  それに対する田口の答えは、間の抜けたものだった。 「だから、私と……」 「ちょっと待って。高畑だっけ。いきなり好きって言われても。今まで全く意識してなかった、というか、何だよ、お前」  自分の言葉に勢いを得たのだろう。田口の口調はどんどん荒くなる。 「だいたいいきなり。待ってたってどういうことだよ、ストーカーかよ」  田口は威圧するように、一歩前に出る。 「田口君、私はただ、伝えたくて……」 「伝えたいって何をだよ。俺、お前のことなんて全然知らないし、というか」  田口はさらに高畑の方に近付き、彼女の耳元で言い捨てた。 「お前、気持ち悪い。告白とかの前に、その顔どうにかしたら。ブスが思い上がりすぎ」 「え……」 「行こう、笹原さん」  田口は笹原の腕をとると、観覧車の列の方へと歩いて行った。腕を引かれた笹原は、奇妙な生物を見るような目つきで高畑を見ていた。  あとに残された高畑は一人、立ち尽くす。 「あー玉砕」  耳元で声が聞こえ、ミナははっとした。有理だった。いつも通りの楽しそうな表情を浮かべている。さすがに性格が悪すぎる、とミナは思う。 「さて、アフターフォローに行こうか、ミナ」  そうだ。高畑は本来、無理心中を志向していた。このまま実行されたらかなわない。
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