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会話は玄関のチャイムの音で遮られた。
「お、早速、今夜一人目の依頼人」
「出てくる」
ミナは立ち上がり、インターホンの受話器をとった。
「はい」
「あ、あの。すみません、えっと、悪魔に相談に乗ってもらいたいことがあって。今、いいですか? 予約とかしてないんですけど」
緊張で掠れた声が聞こえた。ミナは依頼人の年齢を声から想像して、思わず舌打ちをしたくなった。この声は未成年だ。
「予約制ではないので大丈夫です。今開けます」
ゆっくりと玄関のドアを開けた。そこにいたのは想像していたよりもずっと若い、まだ反抗期前と思われる少年だった。
「こ、こんばんは」
「ここ、どこだか分かってる? 子どもが来るところじゃないんだけど」
ミナが少年を見下ろすと、少年は今にも泣き出しそうに目尻を下げた。
「あの、でも、僕は悪魔に真面目に相談したいことがあって……」
語尾が細く震えている。大人しく家に帰りなさい、と告げようと口を開きかけたミナの肩がふいに叩かれた。
有理だった。完璧な営業スマイルを作った有理がいつの間にかミナの背後に立っていた。
「どうぞ、いらっしゃい」
「あ、あの……」
「悪魔の佐久間有理です」
「悪魔……」
そう。有理はこの地を陰ながら支配する悪魔なのである。
「話は奥で伺います。どうぞ。ミナ、お客様にお茶を」
一瞬、目があった。有理は笑顔を崩さない。それでもミナは、その笑顔の中に一抹の不機嫌さを感じとる。
――勝手に客を断らないで。
――ごめんなさい。
心の中で謝り目を伏せると、有理はミナにだけ分かるように小さく頷いた。
――分かればよろしい。
キッチンで三人分のお茶を入れる。盆に乗せてリビングに運ぶと、有理と少年がソファーに座って対峙していた。少年は浅く腰掛け体を硬くしており、その様子を有理は面白い見世物か何かでもあるように眺めている。二人の前に湯呑みを置き、少年に軽く頭を下げてから有理の隣に座った。
「こちらはアシスタントのミナです。では、早速本題に入りましょうか。お話を伺います」
有理が水を向けると、少年はごくりと大きく息をのんでから、口を開いた。
「あの、悪魔の皆さんに助けて欲しいことがありまして。実は、僕、学校を爆破したいんです」
「爆破」
不穏な響きの単語が少年の口から出てきた瞬間、有理の目が輝くのをミナは感じた。
「いいじゃない。私、好きよ、爆破。具体的な計画は決まっている?」
「まだ、何も……」
「何も? じゃあ、まず規模を決めて、それに応じて爆薬をどうするか考えましょう。中学生よね?」
「はい……」
「理科室が使えるといいのだけど」
「理科室?」
「火薬作りは化学実験みたいなものだから。化学は好き?」
「理科はあんまり……」
「なら、まずは勉強からか。まあ、最近はネットで身近な薬品を使った爆弾の作り方も載ってるけど。でも、やっぱり、基礎は大事だから」
「あ、あの!」
相槌ばかりうっていた少年が、有理の言葉を遮った。
「どうしました?」
「あの、爆弾って、僕が作るんですか?」
「え、違うの? 既製品の爆薬を買うの?」
「いえ、僕はてっきり悪魔が、いえ、佐久間さんが、中学を爆発させてくれるものだと……」
少年の言葉を聞き、有理の元気がなくなっていく。見かねてミナは、有理の代わりに少年に応えた。
「さすがに悪魔でも、そんなことは出来ません」
「え?」
「そんな希望聞いていたら、世の中大変なことになってしまう。悪魔に出来るのは、人間のなかの悪意を育てて、悪事に一歩踏み出す背中を押す事だけ」
「そんな」
「私たちは、爆薬作りのために読んでおくべき本をリストアップしたり、必要な材料を手に入れるコネを授けたり、爆弾を仕掛けるのに最適な場所と時間を教えることはできます。しかし、実際に中学校を爆破することは、貴方にしかできません」
「そんな、悪魔なのに」
「自分でやりたくないのでしたら、無理にやれとは言いません」
ミナは肩を竦めた。
「そもそもどうして、学校を爆破したいんです?」
「それは……」
少年の声はますます小さくなった。
「週明け、期末テストなのに、ぜんぜん勉強してないから」
はあ、と有理がため息をついた。
「なんだ、そんなこと……」
ありきたりな理由だった。少年の悩みは何も珍しいことではない。受験シーズンには、毎日のように学生から、受験日をずらして欲しいとか、中止にして欲しいと言った相談がくる。たしかに、爆破したい、とまで言う人間は珍しいが。
「勉強、嫌い?」
有理が聞いた。
「……はい。テストの点が悪いと親に怒られるし」
「で、爆破したいと。でももし、中学校を爆破することが出来たとしても、テストは無くならない。確かに期末試験は無くなっても、次のテストが待っているだけだし、テストのたびに学校を爆破するわけにもいかないでしょう?」
「そうですけど……」
「悪魔からの忠告。とりあえず家に帰って頭を冷やしなさい」
「勉強したくないからここにきたのに」
「勉強するかしないかは、貴方の自由。どうしてもしたくなければ、勉強しなくても生きていける方法を考えなさい。親については……どうしても親に怒られるのが嫌なら、呪い殺してあげてもいいけど」
「呪い殺す? 爆破は出来ないのに、呪うことは出来るの?」
少年は怪訝そうに眉を顰める。
「呪いは人間がするにはなかなか難しいからね。でも、別に殺して欲しいわけじゃないんでしょ?」
「それは、そうです」
「親子関係については、他に、私に出来ることはない。親子関係の修繕は悪魔の仕事じゃないから」
「……分かりました」
「他に相談はありますか?」
「いえ、もう大丈夫です」
「ま、本気で学校を爆破したくなったら、また来てください。悪魔が全力で応援します」
「はあ」
少年は毒気が抜かれたような表情をしている。有理は再び、完璧な営業スマイルを浮かべて言った。
「では、相談終了とのことで、最後に相談お支払いをお願いします」
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