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女は高畑華子と名乗った。
「あの、好きな人と一緒に死にたいと思って、それを実行するのは悪でしょうか?」
次いで高畑はこんなことを訊いてきた。悪だろう、とミナは思う。隣を見ると、有理の瞳は猫のように細められていた。
「私はただの悪魔です。哲学や倫理学の教養はありません。なので、個人的な所感にしか過ぎませんが、それでも自ら進んで死を望むのは無条件に「善」とは言えないでしょう」
「そうですよね」
高畑は太ももの上で拳を握る。
「しかし、心中ものは大昔からフィクションの定番です。思うくらいは、誰にでもあることなのではないでしょうか。高畑さん、あなたは実行したいのですね?」
「ええ」
高畑は顔を上げた。
「「悪」と私が言ったら実行しないつもりですか?」
「いいえ。実行する覚悟はしてきました」
「なら、実行するだけですね」
有理は口角をあげる。悪魔の笑みを、依頼人の高畑は魅入られたように見つめている。
「はい」
頷く高畑の顔には、今や思い詰めた表情はない。
「あの、少し待ってください」
ミナは思わず口を挟んだ。二人の視線がミナに集まる。
「死ぬ死なないの前に、まず、どうして高畑さんがそう考えるようになったのか教えていただけませんか? そもそも相手の方、一緒に死にたいという方は、そのことを承知しているのですか?」
問うと、高畑は気まずそうに目を逸らす。
「彼は……何も知りません」
「それって、無理心中ってことじゃないですか?」
「そうですけど、でも、そうでもしないと、彼は私のことを見てくれないんです!」
高畑はふいに声を荒らげる。
「ちょっと待って、それって、どういうことです?」
ミナは思わずこめかみを押さえた。好きな人と行う心中というものは、愛し合った恋人同士が、ままならない運命に抗うために死を選ぶ、というものではないのではなかったのか。
「すみませんが、高畑さんとその男性の方とのお話をお聞かせくださいませんか? 心中の計画を立てるのはその後でも構わないでしょう?」
高畑はしぶしぶと頷いて見せると、「彼」との関係について語り出した。
彼とは中学校で出会いました。同じクラスで、気づいたら好きになっていました。でも、中学生の頃って、男子は男子、女子は女子でかたまっていることが多くて、特に一緒に遊んだりってことはできませんでした。でも、好きな気持ちは変わらずに、高校進学の際は彼と同じ高校を選びました。
高校ではクラスも一度も一緒になったこともなくて、部活も彼はラグビー部で、マネージャーになろうかとも思ったんですけど、それもなんだか気恥ずかしくて。二年生の夏に、彼は後輩の女の子と付き合い始めて。ショックでした。後輩の子が羨ましかったです。一緒に登校したり、図書室で勉強したり、お弁当作ってあげたり。でも、高校生の恋愛って、儚いものですね。次の春が来る前には別れていました。そして受験期になり、私は友人の情報網を駆使して彼の進学先をリサーチしました。そして同じ大学に進んだのです。同じ大学に進んだ生徒は、四人だけでした。
でも、大学に進んでも、私と彼との接点はなかなか生まれませんでした。私は常に彼を観察し、話しかける機会を探っておりましたが、なかなか糸口をつかめません。私が手をこまねいているうちに、ついに彼に新たな彼女ができてしまったのです。つい先日のことです。
私は悟りました。
彼に振り向いてもらうには、もう強硬手段に出るしかない。私は六年間、彼を思い続けてきました。この思いを昇華するためには、彼と一緒に死ぬしかない。誰よりも彼を思ってきた私には、彼と死ぬ資格がある。
高畑は語り終えると、湯呑みの茶を一気に飲み干した。
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